人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

酒場の人間模様

 

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 酒場でアルバイトしたら、面白い人たちに出会って

 学生だった頃、興味半分で酒場でアルバイトをしたことがありました。酒場と言っても、そこはバーとかパブのような気楽な店でした。繁華街にある雑居ビルの最上階にその店はありました。たしか、マルタとかキプロスとか、そんな島の名前の店でした。私はそこで夕方6時から11時までウェイトレスの仕事をしました。白いロールカラーのブラウスと黒のロングドレスを身につけて、毎日広い客席を忙しく歩き回りました。初めて店に仕事に行って「こんにちは」と言ったら、この業界では「おはようございます」というのだと注意されました。着替えてカウンターの方に歩いて行ったら、そこにはすでに二人の女性がいて何やら話をしていました。ひとりは金髪でボーイッシュ、でも化粧が濃くて、特に目がきつすぎてなんだか怖い人のように見えました。もうひとりは、彼女とは対照的でおとなしいボブの髪型をした優しそうな人でした。

 私が二人に挨拶をすると、金髪の人が、この人は後からゆかりさんという名前だとわかるのですが、いきなり「こんなところで働くの?」と言ったのです。そんな言葉を浴びせられた私は言われている意味がわからず、呆然としてしまいました。「ここはやめたほうがいいよ。まあ、いいけど。私はもう辞めるから」などと散々なことを言うのを聞いていたら、不安な気持ちでいっぱいになり、どうしたらいいかわからなくなりました。そして、ボブの人に向かって「アヤカちゃんももうすぐ辞めるのよねえ」と促すと、そのアヤカさんという女性も「私も辞めて、もっといい所に行くの」と答えたのです。この店はいったいどうなっているのかと頭の中を疑問が駆け巡りました。入ったばかりの私に向かって、まるで沈みゆく戦艦から逃亡するかのような雰囲気を漂わす二人の女性、面食らって絶句するしかありません。

 それからゆかりさんは「あのバアサンがうるさくて」と嫌でたまらないと言った顔をしました。バアサンとは店長から店を任されているマネージャーの原口さんで、アルバイトの女の子たちと比べるとどう見ても年上の女性でした。仕事をしてみてわかったのですが、ゆかりさんは原口さんの指示に従わないのです。でも原口さんは心得たもので、慣れているのか見て見ぬふりをして咎めることはありませんでした。最初私は彼女から仕事を教わったのですが、てきぱきとした感じのいい人でした。

 結局ゆかりさんは彼女の言葉通り店に来なくなりました。でもアヤカさんはその後も来ていて、ある日更衣室で偶然一緒になったことがありました。私がドアを開けて入って行ったら、アヤカさんが手づかみでケーキを食べていました。人目をはばかることなく「美味しい!」とかぶりついていました。ケーキの箱には有名な高級洋菓子店の名前が書いてあって、店に来る途中で買って来たのでした。ものすごく痩せていて、スタイルがよくてモデルさんのようなアヤカさん、そんな彼女がケーキを何個も頬張る姿、とても想像できませんでした。「時々無性に甘いものが食べたくなるのよね」とため息をついていた彼女の表情が忘れられません。彼女の言う「もっといい所」というのはどこなのか、果たして目指すところにたどり着けたのかどうかは知る由もありません。

 ゆかりさんとアヤカさんが店に来なくなると、新しい女の子が入りました。美紀ちゃんと言って、北海道出身で彼氏と一緒にアパートに住んでいました。初めて会ったときは、彫が深い顔立ちの上に、目のアイシャドウが濃すぎてなんだかキツイ性格の人にしか見えませんでした。恐る恐る話しかけてみると、意外にも甘くてかわいい声なのには外見とのギャップを感じて嬉しくなりました。話をするにつれて、彼女がとても純粋で優しい少女のような人なのだとわかってきました。「私はね、お金を貯めて彼とアメリカに行きたいの」と目を輝かせていたのを今でも覚えています。いつだったか、帰るのが一緒になって外に出たら、美紀ちゃんの彼氏が待っていたことがありました。ふと見たら、彼女より年下の男性で私にはなんだか頼りなく思えたのです。でも美紀ちゃんが幸せになれますようにと心から祈ったのでした。

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