人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

同級生が県会議員になっていた

それは偶然だった、道端の看板で気づかされた

 今回の帰省で、思わぬ事実を発見をした。まあ、それは私にとってはどうでもいいことだったが、よく考えてみると十分ありえることだった。義姉のミチコさんの運転する車で、喫茶店のモーニングを食べに行った帰りに遭遇した。帰省すると必ず行くシェルボンという名前の喫茶店がお気に入りで、なんとそこのモーニングの値段はコロナ前と変わりなく550円なのだ。一切値上げをしていない。便乗値上げが蔓延る世の中にあって、奇跡のような喫茶店だ。まあ、それはさておき、家に帰る途中に、ミチコさんは信号待ちをするために交差点で車を停めた。ふと外を見ると、そこには何やら選挙の看板があり、ある男性議員の顔写真が目に留まった。その議員の名前は高橋英俊で、その名前だけでは「ふ~ん」ぐらいなもので、別に何も思いはしなかった。顔写真だって、知らないおじさんにしか思えないし、ましてやカッコイイだなんて思えるはずもない。何処にでもいる普通の顔だった。

 それなのに、「はっとりひでとし」という名前を口に出してみると、なんだかどこかで聞いた覚えがあった。あれ、何だろう、この懐かしさは。はるか遠くの記憶の底から浮かび上がってくるような感覚、とっくの昔に忘れていたはずなのに、なぜかその名前が妙にしっくりくる、なぜだろう。すると、義姉のミチコさんが、その人はこの地域の議員さんで、文房具の会社をやっていると言う。私が、「はっとりひでとし」くんなら、私の小学校の同級生の名前と一緒だよ、と言うと、ミチコさんが、「その人、その人のことだと思うよ」と応じた。ええ~!?、じゃあ、小学校の校門の真ん前にあった文房具やの明治屋の息子の服部英俊くんなの?と聞き返すと、ミチコさんは大きく頷いた。

 それで私は、記憶の底から小学校時代の英寿君の姿を探してみた。たしか、あの子はいつも威張っている印象があった。いや、正確に言うと、勉強ができて、優等生だったから、「お前らと僕は違うんだぞ」というオーラを常に放っていた。だなんて感じていたのは、もっぱら私のひがみ根性で、実際は真面目に学級委員を務めていたに過ぎないのかもしれない。とにかく、おいそれとは近寄れないそんなバリアを張っていた印象がある。ロクに話した記憶がない。考えてみると、学級委員をやるような子はクラスの子から嫌われていないにしても、本当の仲良しはいないに等しかった。優しくて皆に好かれていたアヤちゃんにしても、休み時間は友達とふざけ合ったり、遊んだりすることなどする暇がないようだった。学級委員の仕事は私が考える以上に忙しいらしかった。

 いつもはアヤちゃんのことなど気にしないのに、昼休みに友だちと談笑している時、何の気なしに周りを見渡してみた。すると、アヤちゃんがポツンとひとりでいるのを目撃してしまった。その時のアヤちゃんは所在なさげで、明かに退屈していた。寂しそうだった、などと書くのはアヤちゃんを馬鹿にしている表現だ。だから、アヤちゃんは孤独を感じていたのだ、と表現するのが正しい。

 英俊君の話に戻ると、実を言うと、子ども心に「英俊」という名前は立派過ぎると思っていた節がある。だって、英雄の英に俊敏の俊なのだから、重たすぎるではないかと。思うに、同級生にも何人か身に余るような立派な名前の子がいた。その子は実際に、先生から、あなたのその立派な名前に恥じない行動をしなさい、などと事あるごとに言われていたのを思い出す。例えば、宿題を忘れて、先生から叱られる時にもお決まりのフレーズは繰り返された。だから、名前負けしないように、名前に恥じないような生き方をしなければならないのだと、自他ともに刷り込まれてきたのだった。

 そうなると、服部英俊君は名前に見劣りしない人生を歩んできたということができる。中学は私立に行ったようなので、小学校の時しか彼を知らない。でも昔の彼のイメージからすれ県会議員議員になっているのは十分に想定内だ。ここまで書いて来て、急にテレビ番組に「アイツ、今何してる」なんていうのがあったなあ、と思った。

 

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