このアイスに出会ったのは不幸中の幸い
昨年末、実家に帰省した時、不覚にも私は待ち合わせの場所を間違えた。家から車で25分かかる地方都市の駅には二つの出口があったが、それを行けばわかるだろうと楽観して、見事に間違えた。後で、よく考えてみたら、どちらも同じような風景で、ぼんやりとしていたら間違えてもおかしくないことに気が付いた。頭上にあるサインをよく確かめないから、義姉のミチコさんに迷惑をかけることになった。いつも遅れてくるからとそのまま安心して待っていたら、いっこうにくる気配がない。それで、いくらなんでもおかしい、もしや何かあったのではと胸騒ぎがしたが、どうかしていたのは自分だったと言うのが落ちだ。
何事もなくてよかったと勝手に一安心したのもつかの間、ミチコさんが何やら不安そうに宣った。実は家の風呂場のシャワーが壊れて、それも夜中に犬を洗っている最中で慌てまくった、と。ええ～！？それって一体全体どういうこと？と聞き返すと、シャワーの水とお湯を切り替えるカランというつまみが全く回らなくなって、水さえも出なくなったと言うのだ。ミチコさんが持っているバッグからカランのつまみを取り出して私に見せる。なるほど、つまみについているネジが折れてしまっている。これではつまみは回らないはずだ。どうするの？と尋ねると、家に帰る途中にホームセンターによって聞いてみることにすると言う。きっとあそこならどうすればいいか、教えてくれるはずだからと。
そのホームセンターは駅にほど近いショッピングモールのなかにあったが、普段はほとんど足を踏み入れたことがなかった。風呂場のシャワーが出なくなったなどという災難に見舞われない限り行く用事がなかった場所だった。そう言いながらも、ミチコさんはついでだから、隣にあるスーパーにも寄って見ようと私を誘った。そうだ、肝心のカランのつまみのことだが、お店の人に聞いたら、この手のつまみの部品はメーカーに問い合わせてみないとわからないと言われた。ミチコさんが見せたのは相当に古い部品なので、あればそこだけ取り換えればいいが、もう作っていないとなると、全体を取り替えなければならないためお金がかかることになる。ただ、そのお店に人はカランのつまみに付いていた真ん中にある折れたネジを外すと、ミチコさんに申し訳なさそうに返した。ミチコさんは、どうするかは検討してまた来ますとお礼を言ってその場を立ち去った。なにぶん暮れも押し迫った12月30日なのだから、今すぐなんとかして欲しいだなんて、とても頼めない。諦め感いっぱいで私たちは不安なまま店を出たが、「そうだ、隣のスーパーカネスエをみてこようか」と楽天家のミチコさんはすぐに切り替えた。
カネスエと言えば、私が高校生の時は帰りによくパンを買ったことがあった。もっとも私が当時よく行っていたスーパーカネスエは田舎のデパートであるタマコシの中にあったが、何年か前に潰れてしまった。店内をひととおり回ってみると、ここは普通のスーパーに比べて、商品が2，3割安いことに気が付いた。握りずしのパックにしても、驚くほど安いので目を丸くせざるを得ない。揚げ物にしても、魚のフライやコロッケが2個で200円しないという安さだった。商品をよく見てみると、普通の店ではパックがラップでぐるぐる巻きになっているが、ここは何もなしでそういう余計な手間が掛かっていないことに気が付いた。簡易包装とでも言うのだろうか、その分、商品の値段を下げているということらしい。そのせいか、総菜売り場のショーケースの中はスカスカになっていて、売れ行きがいいようだ。
寒いので、アイスを食べたいだなんてことは微塵も思いもしなかった。だが、店の中を何も考えなしに彷徨っているうちに、いつの間にか冷凍食品とアイスの売り場にたどり着いた。そこで、私は見つけてしまった、レアもののアイスを。それは丸永製菓のアイスまんじゅうシリーズのクリームチーズ味で、パッケージは白と青で爽やかさが売りだ。ミチコさんはアイスまんじゅうのずんだ餅味が大好きなので、それならこのクリームチーズ味も気に入るだろうと思った。でも、それよりもまずは味見しなければ、その真偽はわからない。何と言っても試食が大事で、実を言うと、この時の私はミチコさんの事より、自分の中に芽ばえた好奇心に憑りつかれて、そんなことは一切考えていなかった。迷うことなく、直感で「私、これ買うわ」と宣言していた。一個98円で素晴らしく安い、後でネットで検索してみたら、20個で3980円だった。目の前の物を買ったら98円で、ネットでは倍の値段になるわけか、と納得することしきり。
食べてみたら、これは懐かしい味、以前行ったことがあるロシアの濃厚なアイスの味がした。トロトロで、ミルクの濃さが癖になる。ミチコさんも気に入ったようで、後でいくつかのスーパーを回って捜したが、何処にもなかった。隣県にある飲食店に食べに行った帰りに、チェーン店で探してみたが、やはりなかった。そんじょそこらにあるものではないとはわかってはいたが、レアものに出会えてよかったとつくづく思った経験だった。
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