人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

クリーニング店のミヤビさん

無駄口なしの店員、でもある日非常事態が

 気が付いたら、最近はクリーニング店を全く利用していなかった。かつては土曜日の午前中ともなると、ワイシャツやスーツ、ワンピースなどを抱えた人々が店の前に行列を作っていた。山のような洗濯物を持ち込む人もいて、運悪く順番がその人の次になった私は興味津々で観察したものだ。その人は若い男性で、自分のワイシャツやスーツに加えて、たぶん彼女の物なのだろう、ワンピースやスカートなんかも出していた。そうか、昨今は男性がクリーニング店に来るものらしいと少しびっくりした。

 私の友だちは高校生の時から専門学校を卒業するまでクリーニング店でアルバイトをしていた。彼女の話によると、クリーニング店に来るお客さんはほとんどが男性で、一見して主婦らしきおばさんは来ないそうだ。この事実には目から鱗だが、考えてみると、家庭の奥さんというのは経済観念が発達しきっている人たちだ。できれば、どうにかして節約したいと常に頭で考えているので、旦那さんのワイシャツなども家で手洗いするのだ。そういえば、知人のひとりは長年ワイシャツのアイロンかけをやっているので、腕がよくなったと自慢していた。その一方でもうひとりの知人は、夫がどうしてもクリーニング店のワイシャツでなければだめだと言うので、仕方なく店に持って行くのだと嘆いていた。やはり人によってこだわりがあるようで、「気にしなければいいのに」では済まされない。

 友達に言わせると、女性よりも男性の方がはるかに綺麗好きなのかもしれない、そう思えてくるそうだ。お客さんの中で一番印象に残っているのはある外国人の家族で、その一家は必ず家族全員でクリーニング店にやって来た。奥さんと子供二人を連れた旦那さんが週末に洗濯物を抱えて店に来て、店長と世間話をしていた。普通なら奥さんの役目なのだろうが、旦那さんしか言葉が話せないらしい。だから必要に迫られてそうしているのだが、週末のイベントみたいになっていた。さすがに日本人で家族揃ってクリーニング店に来る人は滅多にいないので、「外国人って面白い!?」となっても不思議はない。

 クリーニング店と言うと、家の近くにクリーニングのチェーン店があって、そこにはミヤビさんという店員さんがいた。彼女は中年の女性で、朝の10時から夜の7時までずうっと一人で店を切り盛りしていた。まさか一日中見張っているわけではないのだが、ちょうどその店がスーパーに行く通りにあるので、いつも外から彼女の姿が見えていた。季節の変わり目などに時々店を利用していたが、その時の彼女の態度は事務的で仕事モードだった。普通中年の女性というものは世間話に花が咲いてもいいようなものだが、彼女は一切無駄話に乗ろうとはしなかった。ありきたりな天気の話にも耳を傾けようとはしなかった。彼女が念を押して尋ねるのは「ポケットは確認しましたか」というセリフで、「もちろん何も入っていません」ときっぱり答えたのに、ボールペンを見つけられて参ったことがある。自分のミスを指摘された私は穴があったら入りたい心境に陥った。

 井戸端会議をしないミヤビさんも一度だけ、私に自分から話しかけてきたことがあった。あれはちょうど真夏でクリーニング店は夕方になると西日が入って、天文学的な暑さに襲われた。それなのに、不運なことにエアコンが壊れてしまったのだ。仕方がないので店の扉を開けっぱなしにして扇風機でしのいでいるが、会社は素早い対応をしてくれない。何度も本社に電話をかけてエアコンを修理してくれるように頼むのだが、会社は何もしてくれない。それだからか、ミヤビさんは「ひどい会社でしょう!?従業員のことなんか全然考えてくれないのだから。どう思いますか」などと見ず知らずの私に話しかけてきた。

 そんなどうにもならないことを言われた私は、無駄なことは一切言わないはずのミヤビさんの愚痴に仰天した。こんな時返す言葉と言ったら、「本当に大変ですね。あまり無理しないほうがいいですよ」ぐらいしかないだろう。ミヤビさん本人も「私が熱中症にでもならない限り会社は何もしてくれない」などと冗談とも本気ともつかないことを言っていた。こんな非常事態でもないとミヤビさんはおしゃべりにならないようで、私の後に来たお客さんにも同じことを訴えていた。おそらくミヤビさんは誰でもいいから自分の気持ちをきいて欲しかったのだろう。他人に言ったところで、エアコンが直るわけでもないのだが、それでも言わずにはいられないのだ。

 現在のクリーニング店にはもうミヤビさんの姿はない。久しぶりに店に行って、見たことがない若い女性の店員さんに聞いたら、定年で退職されたのだと言われた。店に行く度に少し緊張したものだが、変わっていたというか、不思議な人だった。

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