人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

デパートの食料品売り場で

今週のお題「やったことがあるアルバイト」

仕事は楽ちんで退屈、人間ウオッチングに精を出す

 若い頃、デパートの食品売り場でアルバイトをしたことがある。その頃はアルバイトを見つけるのは就職情報誌が主流で、私はある煎餅屋さんの募集に応募して採用された。派遣されたのは、都心の有名デパートで、普段は表の顔しか見れない食品売り場の裏側が見れてとても楽しかった覚えがある。その煎餅屋さんは一度も聞いたことがない名前だったが、売り場には中村屋や松崎煎餅やら、他にも沢山の有名店が並んでいた。そうそうたる有名店が目立つ中で、ひっそりと影を潜めているのが私の店で、確か茜屋(あかねや)さんという名前だった。周りの有名店には当然のごとく、お客さんが押し寄せて、その盛況ぶりを羨ましそうに見ていた。それでも、茜屋さんは古くからの老舗でこだわりはあるらしく、たまにはお客さんが来てくれた。

 あまりにも暇なので、売り場の責任者の人が「暇だから、少し休憩してきてもいいよ」と言ってくれる。お言葉に甘えて、地下の食品売り場のそのまた下に広がっているワンダーランドのような社員食堂に時間を潰しに行った。そこは飲み物も食べ物も何でも信じられないような安さだった。ひとりでぼんやりとしていると、ある一人の女性に「あら、あなたはたしか、茜屋さんに新しく入った人ね」と声を掛けられた。驚いてよく見ると、全く知らない人だが、相手はこちらのことをよく知っているようだ。その人は芋羊羹で有名な舟和の従業員だった。どうやら煎餅屋のスペースの横に店はあるようだが、私は全く知らなかった。その舟和の人と一緒に居た女の人も、同じフロアーにある饅頭屋さんの従業員で、全く関係ない話だが、二人ともかなりの美人だった。

 二人共私のことを店の名前に因んで、茜ちゃんと呼び、私は二人のことを○○(店の名前)のお姉さんと呼ぶようになった。二人共結婚していて、幸せな結婚生活を送っていていると思いきや、少しぐらいは不満があるようだった。私はもっぱら聞き役なのだが、女同士の気安さからか、何でも話してくれるのだった。そう言えば、舟和のお姉さんの話に仰天したことがある。それは彼女が自分の結婚は恋愛ではなく、むしろ同情に近い感情でもって、結婚することなったと言ったからだ。びっくりした私が「結婚は同情でするものじゃないでしょう?」と反論すると、「自分を好きになってくれた人を拒絶したら悪いでしょう」と持論を展開し、相手にしてくれない。

 考えてみると、お見合い結婚で一緒に生活するうちに自然と愛情が育まれるケースもあるにはあるが、舟和のお姉さんは未だにそう言うことはないようだ。まあ、私にはそんなことはどうでもよかったので、それ以上は追及することはなかったが、世の中にはいろいろな人がいるものだとの教訓を得た。それから饅頭屋のお姉さんはこんなことも言っていた。「あの人、噂では早稲田大学を出ているって話だけど、とてもそんな風に思えないわよ」。”あの人”とはデパートの食品売り場の責任者である吉田さんという若い男の人のことだ。毎朝売り場を見回りに来るのだが、背も高く筋肉質で、なかなかの好青年だと思っていた。だが、饅頭屋のお姉さんに言わせると、彼は覇気もなく、たいして頭が良いとも思えないのだった。

 自分で言うのも何だが、私はどちらかと言うと暗い性格で社交的ではない。なので、客がたいして来ない煎餅屋の仕事は苦痛なのではないかと最初は思ったが、それは杞憂に終わった。周りの誰かが必ず声をかけてくれたり、休憩に誘ってくれたりしたので、幸運にも孤独の沼に落ちることはなかった。そうだ、どうしても書いておかなければならないことがあった。それはたまに売り場に立ち寄る茜屋さんの社員の男性が、ある日突然目の前にある、松崎煎餅店の店員になっていたことだった。その時の私は椅子からひっくり返りそうになるくらいの衝撃を受けた。要するに、彼は有名店に転職をしたのだった。

mikonacolon