人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

エジプトという選択肢が消えた理由

エジプトはあのイスラエルと国境を接している

 昨年のヨーロッパ旅行から5カ月も経つと、さすがにお尻のあたりがむずむずしてきた。つまり、立ち上がりたい、ここから再び旅立ちたい欲求がメラメラと湧いてきた。だが、いったいどこへ、もう以前の自分のようには行きたい場所は頭の中に浮かんではこなかった。何処でもいいから行きたいとまでは言わないが、何処か興味が持てるような場所はないものかと思案していたら、そうだ、エジプトに行こうとなった。その発端となったのはNHKのラジオ英会話でのある日のストーリーで、国際カップルのダグと志保が新婚旅行先にエジプトを選んだからだ。普通はイタリアとかフランスとかを選ぶのにどうしてと尋ねる志保に、せっかくだから、エジプトにしようとダグは提案する。

 実を言うと、志保は普通のカップルがするような結婚式はしたくないと自分の正直な気持ちをダグに打ち明けた。それで、ダグは志保の想像を遥かに超えた旅先としてエジプトを選んだのだ。結婚式の費用を将来のために貯金しようと言う志保にダグはそれなら新婚旅行ぐらいは豪華にしてもいいのではないかと意見を求めた。その申し出を聞いた志保は「これでやっとピラミッドを見るという夢が叶うのね」と感激する。ダグは志保が何を望んでいるのかちゃんと知っていた。さすが志保の恋人である。

 この話を聞いていた私は、すぐに「エジプトか、それもいいなあ」と思ってしまった。以前の私なら、すぐに大型書店に行って、7階の海外旅行本コーナーでガイドブックを読み漁るのだろうが、現在ではそのスぺ―スはもうない。ガイドブックが頼りにならないとしたら、船の羅針盤のようにすがるべきはネットの情報だった。むしろ情報が更新されないガイドブックよりはライブ感のあるありのままの情報が手に入る。「エジプト、観光」と打ち込んで、検索してみる。できるだけ最新の情報が欲しいので、日付を見ながら、”エジプトの歩き方”がつぶさにわかる記事を探す。

 すると、ヤフーの知恵袋に「今度、エジプトに観光に行きます。見どころは個人で回れますか、それとも現地のツアーに参加したほうがいいのでしょうか」という質問を見つけた。そのベストアンサーで、「個人で公共バスなどに乗って郊外のスポットを回るのは無理で、タクシーの貸し切りになります」とあったので、これはちょっと勝手が違うぞとようやく気付いた。今まで私がしてきたような気軽な街歩きはできないと思った方がいいらしい。たとえ、観光スポットにほど近いホテルに宿泊しようと、タクシーでの移動が基本なのだという。さらに、「個人でも大丈夫で、観光地を回る限りでは、私は危険は感じませんでした」と付け加えていた。

 そう言えば、昔、エジプトに行こうとしていた時があった。あのルクソールでの銃乱射事件が起こる前だったが、ガイドブックを見ただけで、ギザのピラミッド、ルクソール神殿、その他のたくさんある見どころがあまりにも離れすぎていることにまず戸惑った。移動するのに、恐ろしく時間がかかり、またお金もかかることに気付かされた。日本で言うと、東京、名古屋、京都、福岡というように移動するようなもので、もちろん鉄道などなく、全て飛行機での移動である。これでは見どころの大半を巡るのに10日では足りないのは誰の目にも明らかだ。確かにピラミッドはできる事ならこの目で見てみたい。だが、どうしても、どうしようもなく見たいというわけでもない、それどころかどうしてを追及されると返答に困るほど軽い思いつきだった。

 となると、「もうピラミッドはいいや」となるのは自然の成り行きだ。”死ぬ前に絶対行って見たい場所”のリストに載っているわけでもない。NHKのラジオ英会話に導かれて、エジプトを再び旅行先に考え始めたが、正直言って、迷っていた。ところが、あるサイトを閲覧していると、「今行くべきではありません。イスラエルはすぐ隣の国ですよ」という忌憚のない意見もあって、これには現実を思い知らされて、冷や汗が出た。新聞には、イランがイスラエルを攻撃し、イスラエルも報復を検討していると書いてあった。今後中東の情勢がどうなるかもわからないのに、旅行だなんて悠長なことを言っている場合かと、もうひとりの自分が渇を入れる。そうなると、それほど行きたいわけではない私はエジプトに行くことを断念しない訳には行かなかった。

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