人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

野良猫に困った!

増え続ける野良猫、貰い手を募集中

 昨日田舎に一人で住む義姉のミチコさんに電話をした。目的はエアコンの修理を促すためで、いつもこたつに潜っていれば大丈夫などと言って取り合ってくれなかったからだ。昨年の暮れから正月にかけて、暖房をつけても、いっこうに部屋が温まらなかった。設定温度を最大限にあげてみても、熱風には程遠い、控えめな暖かさの風しか吹き出してはこない。挙句の果てに「冬はほとんど暖房を使わないで過ごしているから」などと訳の分からない自慢話をする始末。そういう問題ではないと指摘しても馬耳東風で、聞く耳を持たなかった。暖房なんて効かなくても平気というわりには、昼間っからお風呂に入ろうとしたので、「朝も入ったのにどうしたの?」と不思議に思って尋ねた。

 すると、「寒いから、お風呂に入って温まるんじゃない」と言ったのには仰天してしまった。そんなに寒いなら、エアコンを直してもらって、部屋を暖かくすればいいだけのことではないか。故障の原因は夏にはフル稼働、だが冬には全然使わないせいなのは明かだ。私も最近までそのことを知らなかったのだが、機械というものは使わなければその機能が衰える一方なのだ。なんだ、それって、人間の頭と同じような仕組みになっているのだなあと改めて気づかされた。

 だが、ミチコさんとの実際の電話での会話はどういうわけか、全く別の話題に発展した。野良猫が生んだ仔猫2匹の貰い手を探して奮闘中とのこと。事の発端は兄の月命日にお経をあげにみえるのお寺の住職の発言だった。ミチコさんは「ネコを貰ってくれないか」と頼まれたが、家には犬1匹と猫2匹がいるのでこれ以上は無理と断った。だが、物凄く困っているからなんとかならないものかと相談されたので、あちらこちらに声をかけている最中だ。ネコの避妊手術は普通は費用が3万円ほどかかるが、ミチコさんの知り合いの動物病院なら一万円でやってくれる。貰ってもらうにしても、保護猫に出すとしても避妊施術は必要不可欠だ。

 以前にも書いたと思うが、保護猫に出すにしても手続きがあってそんなに簡単ではないし、それに8万円ほど費用が掛かる。寺の住職は2匹の子猫に16万円もかかるとなると溜息をつかざるをえない。だから、どうせなら保護猫の施設ではなく、普通の家に貰ってもらいたいのだ。それにすでに保護猫の施設にも当たってみたが、今はコロナ禍なので引き取れないと断られた。その理由は不特定多数の人が集まる譲渡会が開けないからで、施設に猫が増える一方だからだ。引き取りお断りと言われてしまった住職は、ミチコさんのような知り合いに声をかけるしか方法がないのだ。

 住職が貰い手を捜している仔猫2匹はお寺の敷地に迷い込んで来た猫の子供で、元々は誰かが捨てたらしいが本当のところは分からない。本来猫好きの住職は猫を見かければエサをやっていたので、いつの間にか家族ができた。その仔猫たちのことなら、私もお盆の花火大会の時に逃げられながらも顔を見たことがあるが、家の居るおチビのように顔に墨が付いているのでもなく、二匹ともなかなか可愛い顔をしていたのを覚えている。ただ、あまり大きくなると貰い手がなくなるので、せめて生後6カ月になる年末までには貰い手を見つけたいのが本音なのだ。

 よく話を聞いてみると、住職が本当に困っているのは人間の思惑で、つまり寺に集まって来る人たちがネコがウロウロしているのをひどく嫌うことだ。当たり前のことだが、この世の中は猫好きな人ばかりではなく、むしろミチコさんの近所の人たちにしても猫を目の敵にしている人が少なくない。そんな人たちに家で猫を二匹も飼っているだなんて言えるわけもない。住職にしても「猫を何とかしろ」という苦情に悩んでいて、自分で引き取りたいのはやまやまなのだが、家にも猫が4匹もいるのだ。

 それなら仔猫の避妊手術をする前に、まずは「母猫の避妊手術をしなきゃ」とミチコさんは指摘するのだが、母猫はすばしっこくて、そう簡単には捕まらない。「残念ながら、私たちの部落では皆で野良猫たちを守っていこうという意識が欠けている」とミチコさんは嘆く。それが”地域猫”という考え方で、野良猫が地域の住民と共生するひとつの理想的な形なのだ。

mikonacolon