人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

息子を追い出す

フランスで大ヒットした映画は、日本では未公開

 フランスに行くために、NHKラジオ講座でフランス語を毎日勉強している。それも、以前のような「やらなきゃ」ではなくて、「やりたい」からやっているだけという今の状況がとても楽しい。こんな気持ちは生まれて初めてで、勉強の目的がいつの間にか旅行のためではなくなっている。いや、正確に言うと、目的などすっかり忘れている。最初のうちは、なんだかわけのわからない雑音としか思われなかった音が、少しづつ意味を持った言葉に変わっていく。15分という、なんとも短い時間の中で起こる奇跡に毎回、新鮮な驚きを覚える。講師の大塚先生の懇切丁寧な説明のおかげで、文法も何とか理解できる。

 それに今聞いている2020年に放送されたまいにちフランス語講座の『マナと暮らすカンパーニュ』のストーリーも大変興味深い。正直、マナが今度はどんなことを、どんな体験をするのか、ワクワクしながら、ICレコーダーに入っている音源に耳をそばだてている。ストーリーの中でマナが泊っている民宿はスイスと国境を接するフランスのサヴォア地方にあり、地元のワインやチーズを味見したりして、田舎の生活を満喫しているようだ。すると、話に聞くだけでは飽き足らず、”百聞は一見に如かず”とでも言いたいのか、「試しにひとつ行って見ようか」などと本気で考えてしまうのだから、お目出たい。

 実はもうひとつ楽しみにしていることがある。それは番組の中に『コミュニケーションの鍵』というコーナーがあり、今まで聞いたことがないようなフランスの文化を知ることができることだ。たとえば、フランスに行くと、よく街の通りやバス停の名前に「サン」という文字が入っているのを発見する。それにはちゃんとした理由があって、『昔フランスのほとんどの村は教会を中心として形成された』そうで、それで、教会にゆかりのある聖人の名前が村につけられていることがよくあると言う。その典型的な例は、パリにある有名なサン=ミッシェル通りやサン=ジェルマン通りなどである。

 さらに特筆すべきは、フランス人の、特に子を持つ親の考え方で、日本人のそれとは一線を画していることだ。ある日の講座の中で、言及されたのは、日本と同じく、昨今は子供たちが独立することがますます難しくなっているという現実だった。フランスでは子供がある一定の年齢になると、親の家から独立するのが一般的だが、実際には『学生は大学のある都市、特にパリなどでは家賃を払うための十分な収入が得られない』のだから悩ましい。それで、どうなるかと言うと、『子供たちは親のいる家に長く住み続けるようになっている』のだそうだ。このことは、フランスでは”タンギー現象”と言われるらしく、大ヒットした映画から付けられた名前だった。

 以前の私だったら、「ふ~ん、そうなんだ」とばかりに馬耳東風で、済ませただろうが、今の私は好奇心の塊なのだから、そこで終わるはずもない。すぐさまネットで検索すると、あるライターの人のブログに行きついた。『タンギー』という題名のその映画はフランス人の親の立場から、パラサイトの若者の実態を描いていた。ちなみにこの映画は日本では未公開で、そのブログの著者は、その理由について、その映画の内容に日本人の親はとても共感できないからだろうと推測している。一言で言うと、その映画は『自分たち夫婦二人の生活を大事にしたいから、息子を追い出すストーリー』だからだ。この夫婦は50代~60代と思われるが、果たして、どれだけの日本人がこんなとんでもないストーリーを受け入れられるだろうか。いや、むしろ嫌悪感さえ抱いてしまうかもしれない。日本人にとっては、「子供はいつまでたっても子供」なので、たとえ、十分な収入があり、経済的に独立するのに何の問題もない子供が、家に居座りつづけたとしても、『もうこの辺で、出て行って欲しい』などとは決して思わないだろう。いや、むしろ、老後の面倒を見てもらえるからと歓迎する傾向にあるのではないだろうか。例えば、適齢期を過ぎても、嫁にもいかないし、かと言って独立する気もない娘に注がれる、父親の優しいまなざしを見るにつけそう思ってしまうのだ。期待されているなあ、と。

 ブログによると、映画に出て来るタンギーは、大学院を出ている研究者で、十分な収入があるのに親の家から独立する気などさらさらない。恋愛も自由に楽しんでいて、時には恋人と自分の部屋でベッドを共にする。そうなると、そう広くもない家なのだから、両親と鉢合わして、互いにきまづい思いもすることもある。なのに、タンギーはそんなことはたいして気にならないようで、やりたい放題を続ける。そこで、両親は「冗談じゃない」と、自分たちの生活を取り戻すために、『息子を追い出そう』と奮闘するのだそうだ。

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