人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

ハンバーグ包み焼き

空腹が私を唆す

 昨日夕方スーパーに買い物に行ったら、総菜売り場で新商品の惣菜を見つけた。それは「ハンバーグ包み焼き」でラベルには広告の商品と太文字で書いてあった。どうやら広告に載っている商品のようだが、新聞を取ってはいても、チラシを見る習慣がない私にはわからない。じっと見ると、パックの中からハンバーグが顔を出し、「美味しそうでしょう?買わないの?」と私を誘惑してくる。そうなるともうだめだ、だいたいが立ち止ったら時点で、迷っている時点で、今日ぐらいはいいか、となってしまう。それが後で後悔することになっても、そうなったらそれでいいではないかとノープロブレムになってしまうのだ。

 実は何を隠そう、ちょうど夕食時とあって小腹が空いていた。家に帰れば、作り置きのおかずがあるにも関わらず、無駄遣いを平気でしようとしていた。たまには、違う味が欲しかったのも事実で、仕方がないのだが、失敗するのを承知で買おうとしていた。ハンバーグ包み焼きのパックを手に取ると、ええ!?何だろう、やたら重い。これはもしかしたら、まさかまさかの、じゃがいもでも入っているのではと見当をつけた。ハンバーグと野菜だけで、この重さを出そうと思ったら無理である。そこは絶対芋類、つまりじゃがいもの出番なのだ。ふと並んでいる総菜類のパックを見てみると、何度か買ったことがある「ポテトのベーコンチーズ焼き」もあったので、これの方がいいのではとの思いがチラッと頭をかすめた。

 ポテトのベーコンチーズ焼きは、文字どおり、皮つきのじゃがいもの上にベーコンとチーズを乗せて、オーブンで焼いたもので、初めて買った時はまあまあ美味しかった。特にベーコンが美味しくて、チーズがアクセントになっていて気に入っていた。ただ、下にあるじゃがいもはどこにでもある普通のじゃがいもなので、行儀が悪いが私は上の美味しい部分しか食べない。もったいないから、じゃがいもを無理に食べようとすると、まるで自分が罰ゲームか何かを受けているような気になってしまうからだ。なのでそこは割り切って、いい思いだけしようと決めている。

 昨日の場面ではポテトのベーコンチーズ焼きでよかったところを敢えて、ハンバーグ包み焼きにしたのは、ハンバーグでも食べようか、という発想によるところが大きい。ハンバーグが食べたいという欲求には抗いきれず、パックの重さからして相当なじゃがいもの量を容易に想像できたのに、それを重々承知でカゴに入れた。ハンバーグの隣りにはブロッコリーの姿も見えたので、野菜も一緒に食べられるのだからと自分を納得させた。

 さて、家に帰って、早速パックの蓋を開けてみた。蓋を開けた途端、その全容が明らかにされて、仰天した。何と、てんこ盛りのじゃがいもの山があり、全体的にデミグラスソースが掛かっていて、カモフラージュされていて、パックの外側からはそれらがじゃがいもだとは皆目わからないようになっていた。茶色いものはハンバーグではなく、ただの芋だった。肝心のハンバーグは端に一個乗っかっているだけで、付け合わせの野菜もブロッコリーだけだった。この総菜をSDGSの名のもとに残さず食べなさいと言われたら、すぐさま逃げ出したくなった。仕方がないので、目的のハンバーグを食べ始めたが、最初は美味しいと感じたはずなのに、食べているうちになんだか侘しくなって最後まで食べられなかった。言うまでもなく、じゃがいもは見るからに抵抗があって、躊躇することなく捨ててしまった。

 この総菜の”ハンバーグ包み焼き”という名前は総菜の説明には全くなっていない。わかりやすく、正しいのは、さしずめ”ポテトのデミグラスソース焼き、ハンバーグ添え”と言ったところだろう。最初から薄々気が付いていたとはいえ、本当に買ってしまうのだから、後先考えない自分の好奇心に我ながら呆れる。ただ、言えることは、そんなバカげた失敗をしてしまうからこそ、こんな恥ずかしいブログを書けるのだ。もちろん、失敗は今後の教訓にしたいので、パックの容器は戒めのためにちゃんと取っておくことにしている。

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