人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

田舎に帰省したら

駅ビルが改装中で、待ち合わせ場所が・・・

 今回の帰省で一番がっくりしたのは、駅ビルの中が改装されていたことだ。義姉のミチコさんから、すでに電話で今あそこは工事中みたいと聞かされていた。でももしかしたら、自分が行くときはもう終わっているのではないかと都合のいいことばかり考えていた。いつものように待ち合わせ場所の惣菜屋に行こうとしたら、入口が塞がれていてダメだった。仕方がないので、「やってないよ。どうするの?」と電話でミチコさんに知らせた。普段は車での移動が多く、駅を利用する機会が無いミチコさんは、慌てて「今から行くから待ってて」と言って迎えに来てくれた。

 いつもなら総菜屋の前で夕方5時ごろに待ち合わせて、自然と「面倒だから何か買って行こうか」となった。イートインスペースもあるので、「食べて行こうか」となったときはコロナ禍なので、「5時で終わりです」と断られた。それなら、家に持ち帰ってゆっくり食べた方がいいかと考えを変えた。今回もそのつもりで、能天気な私は何の心配もしなかった。それで現地に行って、ガア~ンとなってしまったのだ。その惣菜屋はあちらこちらに店がある人気の惣菜店だった。私たちが待ち合わせる夕方の時刻には店にあるほとんどの惣菜や弁当が売り切れてしまっていた。残っているのは値段が高い弁当ばかりで皆に敬遠されたのだとすぐに察しがついたが、でも”残り物には福がある”と言うのは本当だ。柔らかくて美味しい魚の煮つけが入っている弁当は850円もしたが、口の中に入れるととろけて美味だった。

 それにその惣菜屋の向かいある雑貨店には色とりどりの靴下がズラリと陳列してあって、いやでも人目を引いていた。主にあるのは福助というメーカーの商品で、私はいつもあと一足あるかないかの売れ筋の靴下を買っていた。正直言って、柄が派手なものもあったが、おばさんだって足元ぐらい冒険してもいいではないかと開き直った。それからその店の隣には雨風に強いグラスファイバーの傘が置いてあるセレクトショップの店もあった。ネコグッズや見ていて思わず楽しくなる商品ばかりなので、待ち合わせの時間より早く着いたとしても、退屈することなどなかった。しかもその隣には三省堂書店があって、本の立ち読みし放題だった。

 帰りには実家を早めに出て、駅ビルの中で買い物をしたり、モスバーガーでちょっと休憩したりしていた。あるいは列車の中で食べるためのパンを駅に隣接する田舎のデパートの地下で調達することもあった。そのパン屋の店の名前はドンクで、東京で初めて住んだ街にもあったので懐かしかった。もちろん、時代の流れと共に売られているパンの種類も変化する。最近は駅の構内にピアノも置かれるようになったが、駅ビルの店が営業していないと、人はせわしなくただ通過するのみで立ち止まることがない。当然のことだが、駅ビルの中の店を利用するのは時間がある人なので、ピアノの音に耳を傾けてみようかという心の余裕も生まれるのだろう。

 ミチコさんに「今度のお正月にはもう工事が終わっているだろうか」と聞いたら、「そりゃあ、そうじゃない」と言われた。でも私には一つ心配事がある。それは今までどこかのショッピングモールや駅ビルの改装が終わると、必ず丸ごと店が変わってしまうことだ。残念なことに、それまであったお気に入りの店は姿を消してしまうのだ。内心で、これはいったいどういうこと!?と激しく動揺するのだが、人目もあるのでこれくらいどうってことないという振りをしなければならない。最初はショックを受けるが、どうにもならないと諦めて、何とか気持ちを宥め宥めているうちに立ち治るというパターンだ。

 今度田舎に行ったら、いったい駅ビルはどう変わっているのだろうか。かくいう私ははっきり言って変化が嫌いな人間だが、これからは変化を楽しめないと生きていけないとどこかの誰かが言っていた気がする。今さら自分を変えるのは”言うは易く行うは難し”だが、少しくらいは努力してみようか。

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