人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

ビュット・オ・カイユ

見ていて、なんだか、とても暖かい気持ちになれる場所

 NHKの番組『世界街角歩き』でパリのビュット・オ・カイユという地区のことを知った。もちろん、この名前を聞いたのは初めてで、私たちのような旅行者には縁がない場所だった。それにこの番組では、誰もが知っている有名な名所ではなくて、その陰に隠れた、そこに住む人たちにとっての居心地の良い場所というものを見せてくれている。そのためには、乗り物に乗るのではなく、自分の足で、朝早くから夕方まで歩いて、もちろん、そこに居る人に話し掛けて、その人たちが何を思っているか聞くのだ。いつも思うのだが、番組の中で誰もが今住んでいる自分の街に愛着があり、とても住みやすく、良いところだと誇らしげに語る姿に驚かされる。

 今回のビュット・オ・カイユもまさにそんな地区で、パリの13区にあり、イタリア広場にほど近い場所だった。最初、番組はバスの中から、エッフェル搭を映し出していたので、全くどのあたりか見当がつかなかった。今回は珍しく、バスを降りて歩き始め、まず初めに発見したのは、靴屋さん。店の中には男物の革靴やブーツが所狭しと並んでいて、すべて手作りだった。店の奥には何やら熱心に靴の裏を工具で叩いているアフリカ系と思われる男性の姿があり、店先ではひとりのお客さんが出来上がるのを待っていた。話を聞いてみると、「彼はとても腕のいい靴職人なんだ。いい仕事をすれば、自然とお客は集まってくるものさ」とこともなげに言う。

 この地区は昔から、職人の街だったらしく、今ではアーティストが大勢住み着いているようだ。偶然出会った男性もその一人で、彼は何やら大きな丸いオブジェのようなものを抱えていて、それをどこかに運ぼうとしていた。だが、それが重すぎて、ひとりではどうしようもないので、番組のスタッフに助けを求めたのだ。彼を手伝って、すぐ近くにある家まで行くと、中から奥さんが出てきて、ありがとうと感謝される。話を聞いてみると、彼はアーティストで、奥さんもコブラン織の職人だった。「ここは昔は貧しい人たちが住んでいる地区だったの。昔の職人は賃金も安くて、重労働だったのよ」と教えてくれる。「なぜ、ここに住んでいるのですか」との素朴な問いには、「ここはとても人がいいから」と答えてくれて、ここでの生活にとても満足しているのがわかる。

 正直言って、彼女の「人がいいから」の答えには少し戸惑った。普通は通勤や買い物に便利だから、とか緑が多いからとか言った周りの環境に言及する。そこにはご近所さんのことなど一言も出て来やしない。それどころか、全く眼中にないのだ。その点において、このビュット・オ・カイユという地区は、一つのコミューンというか、村のようなものだと言うことができる。公園を通りかかったら、何人かの人々が、何やら作業をしている場面に遭遇した。いったい何を?と思って尋ねると、「見て、このイチゴ、美味しそうでしょう」と得意そうに真っ赤なイチゴを見せてくれる。なるほど、彼らはここで野菜や果物、ハーブ等を作っていた。ご近所同士で小さな農園の世話をしているそうで、それだけではなく、ここの野菜は誰でも取っていって構わないというのには驚いた。実際に、ハーブなどは皆夕食時になると、ここに摘みにきて、料理に使っているそうだ。

 「昔は職人さんたちは重労働の仕事の後で、自分たちの食べる野菜の世話をしていた。それは賃金が安くて貧しかったから、そうせざるを得なかった」という話も聞いた。実際にこの地区には職人さん専用のアパートのような居住区もあって、そこは今ではコブラン織の工房になっていた。完成すると、縦3m、横5mにも及ぶ大作となるタペストリーは、二人がかりで、なんと5年もかかると知って、思わずため息が出た。縦糸に横糸を絡ませていく手作業だが、職人さんは時々、縦糸の隙間から何かを見ている。何をしているのかと思ったら、向こう側に鏡があって、模様を確かめているのだった。つまり、職人さんの織っている側は裏なので、表の模様が上手く出せているか確認しているのだった。

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