人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

好きなもの捜して街へ

外に出たら、そこは好きなもので溢れてた

先日の朝日新聞の土曜版「Be」の連載『私のThe Best 』に登場したのは文筆家の甲斐みのりさんだった。正直言って、その人の名前を聞いたこともなかった私はすぐに読み飛ばそうと思った。ところが、冒頭に『あの頃の私を知っている友人たちは「大丈夫かな」と心配していたそうです』とあったので、急に興味津々になった。なんともこの書き出しは読み手の好奇心をくすぐって、素通りできなくさせてしまうところが実にうまいと思う。何、何、いったい何があったの?と友だちだったら、話の続きをせがみたくなるような書き出しだ。

 甲斐さんは大学の4年生のときに生きることに行き詰ってしまって、自分のアパートに閉じ籠った。その時『何かしない限りは、ここから抜け出せない』と思い悩んだ。考えに考えた挙句の果てに、思いついたのは『好きなものをノートに書くこと』だった。フランス映画とか、好きな歌の歌詞、猫のこと、映画のセリフ、好きな本の文章の一節などをスケッチブックに書くのだが、なかなか埋まらない。スケッチブックを買ってきて、『この一冊を好きなもので埋められたら、私は変われるんだ!』と決めたのに。そこで甲斐さんは外に出ることにした。部屋の中で好きなものを見つけられないなら、外に行けば何でもあるではないかと考えた。実際外に出てみると世界は自分の好きなもので溢れていた。好きなものに囲まれていたら、俄然生きるのが楽しくなった。

 『あれも見たい、あそこにも行きたい』という気持ちは毎日を楽しくし、そして、自分を忙しくさせた。甲斐さんによると、部屋に閉じ籠っていて、しばらくぶりに外に出てみたら、何の変哲もない見慣れたはずの近所の商店街が「こういうのっていいなあ」と本気で思えたのだと言う。また、『自分のことは語れないけど、好きなものの紹介はできる』と思えたことで、それが生きていく自信にも繋がった。『物事を加点法で見るようになり、ノートを手に街を歩いたことが今の仕事に生きています』と言う甲斐さんは”好きが自分を支えてくれる”と確信している。最後は『自分の文字で書き、何が好きかを認識し、夢中になってみると、新しい世界が見えてきます』と締めくくられているが、その言葉で私の心はなんだかぽっかりと明るくなった。

 現実の世界は誰にでも見え方は同じであっても、物事は多面的で人の見る角度によって感じることには雲泥の差があることも確かなようだ。その点において、甲斐さんは大部分の人とは一線を画している。ほとんどの人たちは物事を見る時、厳しい減点法でしか見られないが、甲斐さんはあえて加点法で見ようとする。その考え方の原点には小学生の時に見たアニメの「愛少女ポリアンナ物語」が大いに影響しているようだ。逆境にあっても何とか生きていくためにポリアンナが身に着けざるを得なかった処世術は”よかった”を探すことだった。物事にはすべて表裏があり、悪いことや残念なことが起こってしまったら、かならず明るい面を探そうと努力した。やがてそうすることが習慣になり、楽にできるようになった。そんなポリアンナでも、”よかった”がどうしても見つけられないと泣いてしまう出来事もあった。その出来事とは、自分を可愛がってくれた人の死だった。さすがの彼女も死という厳然たる事実に遭遇して、“よかった”という感情はどこにも入り込む隙間はないのだと気付かされる。

 甲斐さんは、要するに、ポリアンナと同様に”よかった探し”をしている人なのだ。好きを探すのが生きがいで、自分だけで楽しむだけでなく、文章にしたら、二倍楽しめると言うわけだ。好きだから、この高鳴る気持ちを表現したくなり、文章を書いてみたらより一層楽しくなった。そうしたら、いつの間にか、知らないうちに今の文筆家という職業に繋がっていた。最近は”好きを仕事にする”という言葉が流行りで、普通はそんなの簡単じゃないとかありえないとか私などは思ってしまう。でも甲斐さんは現実において”好きを仕事にしている人”なのだから、脱帽するしかないし、また稀有な人と 言えるだろう。

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