人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

長靴を探しに

意外にも、結果は”灯台下暗し”だったという落ちが・・・

 先日テレビの天気予報で、「明日から翌日にかけて、積雪の恐れが・・・」などと、事前の備えを促していた。雪が降る、となるとまずは足元に注意で、普段の靴なんかでは心もとないので、やはり長靴の出番だ。確かネットで買ったやつが一足あるはずと、下駄箱の中をごそごそと探した。あった、あった、よかったと安心したが、とりあえず、履いてみる。ところが、その長靴は去年買ったはいいが、一度もまともに履いていなかった。履いてみると、驚くべきことに、足がまともに上げられないほどに重い。試しに両足履いて歩こうとしたが、重さに耐え切れず、脱ぎ捨てた。もしも、こんな重い長靴を履いて雪道を歩かなければならないとしたら、なにかの修行で、苦行以外の何ものでもない。

 言い訳をするようだが、ネットではこの長靴は人気商品だった。皆が支持する商品だから、自分にとっても間違いなく良いもの、というステレオタイプな考え方は、この長靴に関しては通用しなかった。それに、私がこの長靴をとんでもなくある数の商品の中から選んだのは、靴の裏に深めのギザギザが付いていて、どう見ても滑る可能性はゼロだと考えたから。だが、その素晴らしく思えた機能性も、重いというだけで、一瞬にして吹っ飛んだ。また、こうも考えた、もしかしたら、私がおばさんだから、足が重く感じるのかもと。以前何かで読んだことがあるが、普段より足が重いと感じたら、それはたんぱく質の摂取量が足りないからだという。その情報を信じて疑わない私はひどく落胆したが、仕方がない、私の足は、目の前にある長靴を受け付けなかった。万事休すだった。

 それで、急遽、長靴を探しに行った。向かった先は、滅多に行かない地域にあるショッピングセンターで、そこでは靴など買ったことがなかった。もちろん、年に一回程度、ジーンズやトレーナーを買いに行くことはあったが、普段は行く必要がない場所だった。なぜ、近場を探さないかと言うと、いつも立ち寄るディスカウントショップのオリンピアには適当な長靴が置いていないのだった。いつも、長靴のことを気にはしていたが、日常生活で本当に長靴が必要になる場面などそうあることではない。なので、差し迫っているわけでもない状況では真剣に品定めなどしないし、ましてや買おうなどとは思えない。オリンピアにはロクな長靴が売っていない、とそう決めつけていた。いや、本当に私が買いたいような長靴は置いていなかった。

 オリンピアがダメなら、滅多に行かないショッピングセンターのリスカに頼るしかない。大いに期待して、というか、あって欲しいという願いを込めて、リスカに行った。だが、残念なことに、店内をぐるっと回ってみたのに、長靴らしきものが見当たらない。あるにはあるのだが、カラフルな子供用が並んでいるだけだ。お買い得コーナーを見ると、おしゃれなブーツタイプの”長靴”と思えるような商品が陳列してあった。まずは靴の裏面を見て、これなら大丈夫と、履いてみることにする。別にこれでもいいような気がするが、踵が高めのデザインなので、ソールが斜めになっているのが気になった。これでは雪道でつんのめるのではないかと不安になる。値段を見ると、3300円が半額程度の1350円になっている。

 ふと隣にある商品を見てみると、まさに雪道にピッタリのどっしりしたタイプの靴だった。手に持ってみると、意外に軽い。ゴムで調節できる紐も付いていて、完全防水だとタグに書いてあった。何とその値段が6990円で、これも今なら半額で買える。どちらかを買ってしまおうか、と迷いに迷うが、ふともうひとりの自分がこんなことを囁いた。そもそも、本当に良いものなら、半額にしなくてもとっくに売れているはずだ、と。要するに、ここにあるのは、どう考えても、皆にそっぽを向かれて売れ残っている厄介な商品だ。店側としては、さっさと売って、きれいさっぱり処分してしまいたいのだ。冷静になって考えてみると、下手に買ったら、後悔しそうな気がして、買わずに帰った。

 帰り道、暗い気持ちで歩いていたら、ダメもとでまたオリンピアに寄って見ようかという気になった。どうせ無いに決まっているけれど、という失礼な態度で、とりあえず、売り場に行ってみる。ところが、以前とは違って、そこにはちゃんと婦人用の雨靴が陳列されていた。私の正直な気持ちは「なんてこと、あるじゃないの!」。”灯台下暗し”とはこのことだ。

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