人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

マナの物語が終わって

フランス語はやっぱり面白い

 NHKのまいにちフランス語のテキストを頼りに約2カ月かけて、フランス語の文法を勉強してきたが、いよいよ終りに近づいた。大塚陽子先生の講座『マナと暮らすカンパーニュ』の最終話では、マナからマリアンヌに近況を綴ったメールが届く。マリアンヌはマナが滞在していた民宿の女主人だが、二人はまるで友達のように仲良くなった。以前のブログで、マナがフランスの自然が豊かな田舎に何をしに来たのかは分からないと書いたが、4月号のテキストを確認してみたら、その謎がすぐに解けた。冒頭の講師からの言葉のなかに、「マナがやって来たのはフランスの南東部に位置するローヌ=アルプ地方、オート=サヴォア県の小さな村です。とある事情により少し長めのバカンスを過ごすことになって・・・」とちゃんと書かれていた。

 そう、マナは純粋にバカンスを過ごすためにマリアンヌの民宿にやってきたのだ。彼女の家族とバーベキューを楽しみ、山歩きをして、モンブランを眺めてその美しさに感動する。日本では高くて手が出ないが、大好きなルブロションがこの地方の名物のチーズだと、マリアンヌから聞かされて驚く。マナのバカンスが終わりに近づくと、日本から祖母のちえこがやってきて、マナと合流し、ロアールの古城を巡る旅に出かける。マナは「本当はもっとこの田舎に居たいのだけれど・・・」とマリアンヌとの別れを惜しむ。でも、マナにはちゃんと目標があって、メールには「明日からフランス語の教師として働きます」と書かれていた。う~ん、やはり、落ち着くところに落ち着いた感がある。だって、マナはフランス語ペラペラなのだから、とても自然な成り行きだ。

 さて、私はと言えば、昔から不真面目ながらも、一通りはフランス語を勉強してきたが、悲しいかな、刹那に沸き上がった情熱は、三日坊主、いや1カ月も続けばいい方だった。必ず、フランス語の発音の難しさや文法の複雑さに震え上がり、尻尾を巻いて逃げてしまうのだ。それなのに、今回は青天の霹靂ともいえる事態で、過去に録ってあった放送をICレコーダで何度も、何度も聞いたら、信じられないことだが、物分かりが悪すぎる私でもちゃんと理解できた。例えば、リエゾンアンシェヌマン、エリズィオンで、これらがどう違うのかが、あやふやだった。それは私の不勉強のせいなのは明らだが、それにしても、この講座の講師の先生はとても分かりやすい説明をしてくださっていた。

 特筆すべきは15分という短い時間を最大限に生かし、無駄のない効率的な学習ができるように番組が工夫されていたことだ。一口に効率優先と言うと、なんだか楽しくないように思われるかもしれないが、全く違う。私は心からマナの物語を楽しみ、ICレコーダの音源を頼りに、その日のエピソードをディクテーションするようにした。テキストはあっても、わざと見ないようにして、テキストは番組の今日のまとめの作文をしてから、答え合わせをする程度の使い方をするにとどめた。このやり方をするようになったのは、偶然のピンチからで、つまり6月号を買い忘れて、どうしようと困った。だが、その時、英会話も十分テキストなしで音源だけで何とかなっていることに気が付いた。あくまでも苦肉の策ではあったが、不思議なもので、音だけに頼ると、すうっと講師の言葉が頭の中に入って来る。

 あれやこれやと単語を想像して、辞書を引くまくり、確かに時間もかかる、まことに効率の悪い方法だったが、嬉しいくらい頭に入ってくる。それがあやふやでなく、はっきりとした意味を持って記憶となることに目から鱗だった。考えてみると、言葉は生き物なのだから、読めるよりも、書けるよりも、何よりも役に立つのは、聞いてわかることなのだと実感する。ましてや、現地に行ったらその能力は必須だ。昔は「フランス人は自国の言葉にプライドを持っているので、英語で質問しても答えてくれない」などと言われていた。その言葉を信じた私は、英語を封印し、拙い覚えたてのフランス語で何とかしようと必死だった。だが、それでもなんとか通じてしまうし、相手の言葉も何を言っているのかわかるのだから、今から思えば奇跡だった。

mikonacolon