人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

メモで知らせる

 

トラブルを避けるための最良の手段

 市営住宅で暮らしている知人の桐原さんは4月から理事になった。理事というのは、自分が住んでいる階の全員の自治会費を集め、回覧板を回す役目があるらしい。自治会費は毎月25日から月末までに納める規則になっていて、今の団地に住んで2年余りの桐原さんには初めてのお役目だった。桐原さん自身は毎月できるだけ早く自治会費を理事さんの玄関ポストに入れていたので、問題なく月末には全員分集まるものと高を括っていた。まさか忘れている人などいるわけもないと楽観的に考えていた。

 ところが、月末になっても、玄関ポストにはいっこうに自治会費の封筒が届かなかった。同じ階の2世帯分が5月の連休に入ろうとするのに、集まらなかった。もしかしたら、忘れているのだろうか、あるいはどこか具合でも悪いのだろうか、と色々考えてみた。様々な事情があるのかもしれないが、やはり貰うものは貰わなければならない。あと数日すれば、団地の集会室に持って行かなければならない。さて、どうしたものだろうかと思案に暮れた。桐原さんはできるだけ早く、未納の人に自治会費のことに気付いて欲しいと願っていた。でももうそれも限界だったので、前回までの理事の人のところに相談に行くことにした。

 正直言って、その人は「何でも聞いてね」とフレンドリーに言ってくれているのだが、それを鵜呑みにして遠慮なく伺ったら不機嫌だったこともあった。おそらく、タイミングが悪かっただけのことなのだろうが、こちらとしては、「なんだ、あれはただの社交辞令だったのか」と内心がっかりした。できる事なら、インターホンのベルを押したくはないが、そうも言ってはいられない。幸い在宅だったので、すぐに本題に入ると、「そういう時は、相手に直接請求することはしないで、メモを入れて置いた方がいい」と教えてくれた。面と向かって言いにくいことを言うのは気まずいので、その方が双方にとって最良の方法なのだと言う。

 考えてみると、ご近所同士のトラブルはつきものだが、些細な事でもひとたび大事になってしまえば、落ち着いて暮らすことができない。お互いに嫌な思いをするリスクを取るよりは文書で知らせて気づいてもらうと言う控えめな手段を取る方が賢明だ。直接言いたいのをぐっとこらえて、文書にするのは少々まどろっこしいとは思うが、そのひと手間がいら立った心を落ち着かせるのに役立つ。そう言えば、新聞の『ちょっと言わせて』というコーナーに「隣の人が夜中に騒ぐので、眠れなくて迷惑しています。きっぱりと注意した方がいいでしょうか」という相談が載っていた。このコーナーは読者の人が私見を寄せて、アドバイスすると言うもので、読んでみると、十人十色で人の考え方はこんなにも違うのかと驚かされた。

 直接相手に言うべきだと言う人、当事者が言うより大家さんに伝えて、大家さんから注意して貰った方がいいと言う人などいろいろだった。その中で目を引いたのは「相手に直接言うのは気が引けるし、お互いに嫌な思いをするので、とりあえず、メモで知らせてみたらどうですか」という意見だった。正直言って、その時は「メモで知らせる」ということで果たして効果があるのだろうかと訝しく思った。何だか、姑息な手段に思われてならなかった。口ではっきり言えばいいものを、できれば言いたくないから、気まずいから、紙に書いて知らせるという手段を使おうとするのだから。私としては、積極的に利用しようとは思わなかった。

 だが、桐原さんの場合は違った。同じ階の人のアドバイスに従って、メモを入れたみたところ、すぐに反応があった。おそらく慌てたのだろう、玄関ポストがカタンと鳴る音が聞こえたので、開いて見ると、そこには自治会費の封筒があった。凄い効果に桐原さんは仰天した。自治会費をポストに入れるのが遅くなったのは悪気があったわけではないと自然と理解できた。もう一軒のお宅はどこの国の人だか知らないが外国人のお宅で家族で住んでいた。その人もすぐに持ってきてくれたのだが、何と前の理事のお宅の玄関ポストだったのには困惑した。要するに、4月から理事が変わったことをよくわかっていないらしい。それはこちらの落ち度だから責めるわけにも行かない。桐原さんは封筒を返す際に、理事が変わった旨を書いたメモを添付して置いた。もちろん「これからは、908号室の桐原の玄関ポストに入れてください」との文面も忘れなかった。

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