だが、意外にもなくても困らない
我が家の電子レンジが壊れた。あの日、コンビニで冷凍パックになっていて、レンジで温めるだけの手羽元のお惣菜を買った。レジでついでに温めてもらおうと店員さんに頼んだら、「お客さん、これは家庭の電子レンジでなければできないんですよ」と断られてしまった。知らなかった、コンビニで何でもしてくれるとばかり思っていたのに。お惣菜の冷凍パックの表示をよく見てみると、「５００Wで１分５０秒、６００Wで１分３０秒加熱」と書かれていた。そう言えば、普通コンビニでは何でも温めるだけで、このお惣菜のように「加熱」というサービスは聞いたことがない。店員のつれない言葉を聞いた時は、「ええ～？そんなのありですか」と一瞬思ったが、一々反論して、迷惑な客になるのも嫌だった。それで、そう言うこともあるのかと納得し、おとなしく家に帰ってきた。
さて、コンビニがダメでも、家の電子レンジなら大丈夫と、凍ったお惣菜のパックを電子レンジの中に入れて、温度を設定しようとした。だが、あれ～？となった。いつも電気がついて中が明るくなるはずなのに、中は真っ暗なままで、当然ボタンのピィピィッという音も鳴らない。接触不良なのかと何度も扉を開け閉めしてみるが、やはりだめだった。となると、間違いない、信じたくはないが、電子レンジは壊れたのだ。これっていつ買ったんだっけ？と一応、電子レンジの後ろ側を見てみると、２０１３年製との表示があった。そうか、この電子レンジを買ってから１０年にもなるのかと考えたら、これはもう完全に寿命だと諦めた。となると、これは早急に新しいのを都心の量販店に買いに行かなきゃと、今すぐにでも買いに行く気満々だった。
誤解されるかも知れないので言っておくが、私はコンビニにしょっちゅう行っているわけでもなく、あの時はたまたま用事があってコンビニに立ち寄っただけなのだ。店の中を物色していたら、若い女の子がアイスがずらりと並んでいるショーケースの隣りから何やら四角いパックを取り出して、レジに並んだ。それで、何だろうと気になって見に行ったら、ちょうどビールのつまみになりそうなもつ煮込みや手羽元の冷凍パックだったというわけだ。量も適量だし、価格も２９８円で買うにはちょうどいい。
家に帰って、コンビニのお惣菜を肴にビールで一杯やろうという私の目論見は崩れ去った。仕方がないので、シールを少し剥がしたお惣菜を冷凍庫にしまった。あれから今日で三週間ほどが経ったが、あの時あんなに「急いで買いに行かなきゃ」と盛り上がったはずなのに、未だに買いに行っていない。これはどういうことなのか、要するに、電子レンジがなくても、それほど生活に困ることはないのだ、私の場合は。会社でも、友だちと話をしている時も、皆揃って「レンジでチンすればいいのよ」と宣うのだが、当方は「レンジでチンする」という行為とは無縁だった。会社の昼休みに同僚が「もし電子レンジが無かったら、うちは生活が立ち行かない」となどと電子レンジの素晴らしさを強調していたが、それを隣で聞いていた私は内心呆れていたのだ。
電子レンジなんてなくてもどうでもよかったのだが、レンジを使っての時短レシピが流行るようになると、さすがの私も心穏やかではなくなった。それがちょうど１０年前で、雑誌の付録についていた「レンジ・シェフ」という耐熱容器を利用したレシピに夢中になった。正直に言うと、それが美味しいとか美味しくないとかは関係なく、ただ速くできて、何も余計なことを考えなくてもいいところが気に入っていた。需要なのはスピードで、”美味しい”は二の次だった。つい最近まで、炒めものに使う玉ねぎやキャベツも電子レンジの５００Wで４分加熱を利用していた。
なので、当然電子レジが壊れたとわかったときは、その事実をすぐには信じたくなかった。頭を抱えて、「これからどうしよう？」などと悩んでいたのに、何たる立ち直りの速さだろう。ピンチはチャンスとばかりに、昔やっていた方法を再開した。要するに、フライパンに油をひき、野菜を入れて、弱火で加熱する”ほったらかし調理”をするしかなくなったのだ。少々面倒だが、電子レンジが無いのだから、ひとまずはこれで乗り切るしかなかった。その時までは、気が向いたら、そのときこそは都心の量販店に買いに行けばいいぐらいに気楽に考えていた。
ところが、先日、意外にもあるひとつの変化に気が付いてしまった 。それは銀行にお金をおろしに行った時、通帳の記載欄を何気なく見たら、電気代が２千円近くも安くなっていたことだった。もっとも、それはガス代と電気代を合わせた金額だったが、あまりにも意外だったので、その場で通帳を穴のあくほど見てしまった。どうして、電気代がこんなに安くなったのだろうとの思いが頭の中を駆け巡って、ようやく思い出した。そう言えば、電子レンジが壊れて使っていなかったことを。
mikonacolon
