人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

鬼の先生は私の叔父さん

今週のお題「鬼」

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学校では鬼だが、家に帰るとにこにこ顔

 中学の時、生徒から「鬼」と恐れられる先生がいた。その先生は歳の頃は40代の男性で、怒るとものすごく怖いので有名だった。声は大きいし、怒った顔はまるで鬼の形相だったので、生徒は震え上がった。でもその先生が皆から嫌われていたかと言うとそうでもない。それどころか皆から”マブチ先生”と慕われていた。顔はどちらかと言うと目が大きくギラリと光っていて強面だが、なんと言ってもユーモアが際立っていた。だがひとたび怒ると怖いからやっぱり「鬼」以外のなにものでもない。

 マブチ先生は体育教師で、水泳部の顧問をしていた。生徒がやる気がなかったり、サボっていたりすると容赦なく怒鳴りつけていた。あの迫力がある顔と声で怒られると、平気な素振りを見せていても内心では怖いらしい。だから、皆マブチ先生の前ではおとなしくならざる得ない。一般に体育教師と言うのはジャージ姿でいるのが普通だが、先生には先生なりのポリシーがあって、退出勤の時は背広を着ていた。本人によると、いくら家から車で通っているとはいえ、身だしなみは大事だと言っていた覚えがある。なぜそんなに怒ると怖いのかと言うと、怒っている顔とニコニコしている顔との間に激しすぎる落差があるからだろう。この先生、本当に同一人物?!と疑ってかかりたいような気持にさせられるからだ。まさかジキルとハイドみたいに二重人格じゃない、などとみな内心では思っているのかもしれない。もしそうなら、本当に怖いことになる。

 でも先生は家に帰ると、終始ニコニコして、怖い素振りなど一切見せない”ひつじ”になる。なぜわかるのかと言うと、小さい頃からまじかで先生の姿を見てきたからだ。先生の奥さんは私の母の妹なので、しょっちゅう家に遊びに行っていた。奥さんも小学校の先生で、二人の間には3人の子供がいた。共稼ぎなので、お互い忙しいのだが、すぐ近くに実家があって家を継いでいる姉に子供たちの面倒を見てもらっていた。だからあの子は仕事を続けられるのよとよく母が言っていた。母の実家は女ばかりの姉妹で、何かの事情があったのか、母は長女なのに家をでて、次女が家業を継いでいた。実家の家業は造園業らしく、子供の頃は広い庭に夥しい数の植木があるのを見つけて驚いたことがある。初めてひとりで遊びに行ったとき、道に迷い、周りの人に苗字を言ってもわからなかった。同じ苗字の家がたくさんあるからなのだが、庭の風景をとっさに思い出して「植木がいっぱいある家」と言ったら、すぐわかってもらえた。

 先生の家には広い庭に建て増しした3人の子供のための勉強部屋があった。ひとり一部屋でそれぞれベッドと机や本棚など大抵のものがそろっていた。それに教育熱心だからかピアノだけの部屋もあった。グランドピアノと普通のピアノの2台あったと思う。うちとは大違いだった。母に言わせると「夫婦二人で稼いでいるから、裕福だからできるのよ」とのことだった。それに先生は奥さんに頭があがらないらしい。今の快適な暮らしができるのは妻のおかげだからだ。先生は奥さんのことを「おかあちゃま」と呼ぶ。奥さんは子供の目から見たら、美しく化粧をし、ちゃんとした服を着た、どう見ても田舎のおばちゃんではなく”先生”にふさわしい人だった。何の問題もないように見える奥さんだが、実は左耳が少し聞こえにくいと言うハンディを抱えていると母から聞かされた。実際に仕事で困ることもあるようだが、現実には何事もなかったかのようにやり過ごしていた。

 先生の家に遊びに行くと、いつもそこの家の娘と同じベッドで寝ていた。夏休みなどは1週間ほど過ごすこともあり、先生夫婦はずうっと家に居た。おやつの時間になると、子供部屋に奥さんがアイスコーヒーとロールケーキを運んできた。今にして思えば子供に、それも小学生と中学生の子供にコーヒー?!を与えるのかと首を傾げたくなる。それにアイスコーヒーと言っても、インスタントコーヒーに砂糖を入れて水で溶かしただけのものだ。でも不思議なことに、苦くて飲めない訳でもなく普通に皆飲んでいた。今初めて気が付いた、あれがあの家のおやつの流儀だったのだ。

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