人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

北向き愛って何?

一度痛い目を見たら、南向き信仰にさようなら?

 毎日の早朝散歩で緑豊かな川沿いを歩いている。いつもUターンして引き返す場所は橋のたもとで、駅へと向かう人がちらほらと歩いている。桜が咲く季節には、橋から満開の花を眺めて物思いに耽っている人も見かけた。桜が散ってもそこから眺める景色は緑が眩し過ぎてしばし見とれてしまうほどだ。ある日私はその橋のすぐ側に人目を引く何か鮮やかなものがあることに気が付いた。近づいて確かめると、それはシャクヤクで見事な大輪の花があちこちに咲いていた。すぐに「写真にとりたい」と思った私は、たまたま持っていたデジカメをバックから取り出した。カメラを構えて、シャッターを切ろうとした瞬間、人の姿がチラッと見えたので躊躇した。その人影は目の前にあるタワマンの2階の住人で、ベランダで何やら忙しく動き回っていた。そうだ、すっかり忘れていた。この橋のたもとには川を挟んだ位置に向かい合うようにしてタワマンが2棟建っていた。

 こんな朝早く、まだ6時なのに何をバタバタやっているのかと不思議に思ったが、そんなことはカラスの勝手で、私がとやかく言うことではないのだが。その人は作業に夢中になっていて、私にはまだ気づいていないようだが、少しでもこちらを振り向こうものなら目が合ってしまいかねない。そうなったら、カメラを向けている自分は何か言われるのではないか。綺麗な花を写真に撮りたいだけなのだが、誤解されてしまいかねない。正直に言おう。その時の私はベランダにいる人が邪魔なだけだった。あの人さえいなければ、自由に写真が撮れるのにと言うのが本音だった。

 空に向かってそびえたつ40階はあろうかと思われるタワマン、それは社会における成功のシンボルとも言われている。NHKのドラマ『正直不動産』でも売り上げナンバーワンの地位を追われた主人公がタワマンから狭いアパートに移り住む。日当たりの悪い部屋からかつて自分が住んでいたタワマンを眺めながら起死回生を誓う。ではタワマンはそんなに住み心地がいいものなのだろうか。世間体は別にして、住んだことがない我々が想像してみると、まず窓が大きくて広いし、周りには遮るものが何もないから眺望は抜群だ。さぞかし夜景が綺麗だろうなあ、それに太陽の光が燦燦と部屋に降り注ぐから、冬は暖房いらずでぽかぽかで気持ちいいだろう。まるで天国みたいで、羨ましい限りだ。

 では夏はどうなのだろうかと考えると、待てよ、冬がぽかぽかということはまさか夏は灼熱の嵐!?信じたくはないが、事実は想像した通りで、特に南や東向きの部屋は「室内がいわば車内が真夏の日向に駐車した車のような状態になることもある」と住宅評論家が新聞の記事に書いていた。そう言えば、知人の女性からそんな類の話を聞いたことがある。彼女が住んでいたのはタワマンではなく5階建てのマンションの最上階、南向きの角部屋で採光を重視したのでどの窓も大きめだ。その上ベランダの屋根も付けなかった。当時この決断を後々まで悔やむことになろうとは夢にも思わなかった。

 冬になると彼女はいつも「うちは暖房がいらないのよ」と周りの人たちに自慢した。私たちの誰もが「いいわねえ。電気代がかからなくて」と言って彼女を羨んだ。だが夏が来ると、一転、彼女は自分の部屋のことをしきりに嘆いた。「カーテンを閉め切って、エアコンを目いっぱいかけても全然効かないの。蒸し風呂状態だから、部屋に居るのが辛いの」。そして、「ベランダの屋根が付いていたらまだましだったと思うのだけど、後の祭りね」などと後悔を口にした。

 閑話休題。最近の傾向では南向きのタワマンで痛い目を見た人が、敢えて南向きの物件を避けるようになった。考えてみると、地球温暖化天文学的に夏の気温が高くなっている、何も好き好んでわざわざ日当たりのいい南向きの物件に住まなくてもいいのだ。そこで、「北向き愛」という今どきの言葉が生まれたと言うわけだ。

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