人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

目立たない所を綺麗にしたい

今週のお題「きれいにしたい場所」

いつも思うのにすぐ忘れてそのまま

 自慢にもならないが、私の掃除の仕方は適当で、見た目至上主義のいい加減なことこの上ない。パッと見て、綺麗に見えるのならそれでよしで、いつも自己満足している。そんな私でも、イラついている時や、根拠のない不安に取りつかれている時などは、普段は気にならない汚れがやけに気になる。例えば、壁にある電気のスイッチに手あかがついているのを発見した時などは、「わあ、嫌だ、汚い!」と触るのもおぞましいように思うが、そう思うのはその時だけで、すぐ心の中から消えてしまう。すぐに行動に移せばいいのに、嫌悪して終わりで、ちっとも視界が開けない。思うのは勝手だが、思うだけでは根本的な解決にはならないのに、すぐ忘れることで解決したと錯覚しているのである。

 偶然?発見した汚れている場所を綺麗にすれば、どれだけ気持ちよくなれるかは十分想像できるが、面倒臭さが邪魔をして身体が動かない。一番気になっているところは洗面台で、台所のシンクよりもはるかに始末が悪い。なぜなら、シンクは色がシルバーなので、薄暗かったりすると、汚れが目立たない。だが、洗面台は陶器で輝くような白ときまっている。うちの洗面所は薄暗くて、電気をつけない限り、洗面台がどうなっているかはよくわからない。つまり、ぼんやりとした白さに見えるので、それで助かっている。以前、洗面台をようく観察してみたら、白いどころかまだら模様ができていた。はて、最後に掃除したのはいつだっけと胸に手を当ててよく考えてみても、答えは出ない。

 実を言うと、私は洗面台をどんな洗剤で磨いたらいいか、わからなくて、全ての洗剤を導入してゴシゴシやっていた。テレビでアルカリ洗剤を使ったやり方を知って、試してみたが、あまり落ちない。それに、まずはあの白さを維持できること自体、夢のようだとつくづく思う。どうにもこうにも上手くいかないので、やけを起こした私は、トイレの”混ぜるな危険”と表示された洗剤を使ってしまったことがある。その洗剤で毎日トイレ掃除をしていると、あら不思議、CMでやっている”サボったリング”とは無縁になった。とにかくよく落ちてピカピカになるのだが、困ったことには気を付けないと着ている洋服にも白い模様がついてしまうのだ。それで、ジーンズを2本ダメにした経験がある。

 トイレ洗剤の威力に感心した私は、洗面台にも早速使ってみた。洗剤はジェル状になっているので、ビニールの手袋をはめた手で洗面台の表面に伸ばして塗った後、5分ほど待って水を流す。洗面台本来の白さを取り戻すことができて、めでたしめでたしと言いたいところだが、塩素臭さが鼻につくのが難点だ。暫しの間だけで、またすぐに白だか何だかわからない鼠色になってしまうのだが、それでも、清潔で白さが際立つ洗面台は快適なことこの上ない。旅行で宿泊したホテルのピカピカの洗面台を思い出す。

 自ら積極的に動いて、懸命に汚れを落とす行為は、ある意味、気分転換できる要素を持っている。最近そのことに初めて気が付いた。例えば、先日などは自分でも理由が探せないほど憂鬱な気分だった。いつもは見過ごしている台所のシンクの汚れが目に付いて、我慢ならなくなった。寝ようとしていたのに、すぐにパジャマの袖をまくり、クレンザーをスポンジにつけて、シンクを磨き始めた。その時の自分はいつもの面倒臭がり屋の自分ではなく、ただ綺麗にしたいだけという純粋な心でもって動いていた。ものの10分ほどで、シンクは綺麗になった。そしたら、いつの間にかあんなに憂鬱だった気分がすっかり消えていた。自分としては、実に不思議な感覚だった。時には掃除が気分転換になりうるのだと大発見でもしたように感じた。

 だから、目立たない場所や、隅っこの汚れを取り除いたら、さぞかし爽快な気分になれるに違いないと想像できる。誰にも気づいてもらえないだろうが、それは私だけの秘密でありささやかな喜びであっていいとさえ思う。

mikonacolon