人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

マドリードの国会議事堂前で、スリに遭遇

私の背後から、リュックのファスナーを開けて

 タクシー運転手に、歩いて行けると太鼓判を押され、励まされたような気持ちになった私は国会議事堂の前を通過しようとした。その時の私の頭の中は予約したホテルの事でいっぱいだった。なので、前をウロウロしている小柄な女性のことなど全く気にもならなかった。彼女のような女性をどこかで見たことがあると思ったが、たぶん”ロマ”と呼ばれる人たちなのだろう。こんなことを書くと、偏見だと思われるだろうが、事実なのだから仕方がない。さて、そんなことは私にはどうでもいいことだったが、「カラン」という何かが落ちる音を聞いて、私は後ろを振り返った。路面を見ると、リユックに入れたはずのスプーンやお箸の入ったビニール袋が道に落ちていた。あれ、これはどうしたのだろうと訝しく思い、ひとまずリユックを下ろしてみた。

 すると、リュックのポケットが開いていて、しかも炊飯器や変圧器、衣類などが入っている方のファスナーまで全開だった。その時は「あれ、いつの間に開いたのだろう」ぐらいの認識だった。まさか、誰かが、自分のリユックサックのファスナーを勝手に開けるだなんてことは考えも及ばない。だいたいがロクなものが入っていないので、何も取るものなどないのに。能天気で無防備な私は、というより、貴重品は入れない主義で、警戒心はゼロなので、ファスナーを閉めてまたリュックを背負って歩き出した。だが、そこへ警察官が血相を変えて飛んできたかと思うと、凄い剣幕で私に何か言っている。その人の顔はどう見ても怒っていた。どうして怒られているのか、私が何か悪いことをしたのか、全然わからない。戸惑うばかりだった。よく彼の話を聞いてみると、彼は私に「大丈夫か、何か取られたものはないか」と尋ね、荷物を確認するように促していたのだ。

 ふと見ると、側にはあのロマの女性がいて、警察官に叱責され、「何も取っていない」と必死に訴えていた。肩から下げていた布のショルダバッグの中身をすべて取り出し、警官に見せて、自分の無実を証明しようとしていた。私はと言えば、リュックの中身をざあっと見てみたが、何もなくなっていなかった。金目のものは何も入れてはいないので、初めから気にしてはいなかった。リュックサックを狙うスリがいることは、ガイドブックの口コミで読んだことはあったが、実際に遭遇したのはこれが初めてだった。確かに、リユックサックは後ろに目がない分、スリにとっては狙いやすいのかもしれない。だからこそ「人混みでは背後に十分注意せよ」と書いてあるのだろうが、皆、そんなにリュックサックに貴重品を入れるものなのだろうか。あの時の私は、予約した「ホテル・アギール」を探すのに精一杯で周りに注意を払う余裕などなかった。そんな隙を狙われたわけだが、不幸中の幸いだとしか言えない。何も取られなくても、自分の荷物をあれこれ物色されたかと思うと、物凄く気持ちが悪い。だが、背後でそんなことをされていながら、全く気付かない自分にも、「いったい何やってんだ!」と喝を入れたくもなる。

 それにしても、国会議事堂の真ん前で、スリをするなんて、いったいどういう了見なのだろう。しかも隣は警察署で、日本で言う警察本部のような場所なのだから、ありえないのに。スリというのは洋服のポケットを狙うものだとばかり思っていたが、人の背後にあって、目が届かないリュックサックは絶好の獲物なのかもしれない。もっとも、そこに金目のものが入っていればの話だが。そう言えば、このマドリードだけでなく、ヨーロッパはキャリーケースが主流で、ひと昔前のバックパッカーには滅多にお目にかかれない。ただ、自転車専用車両に乗るような人はその部類ではないが。私のようなリュックサックを背負っている人はほんのわずかだから、きっと狙われたのだ。

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