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高慢と偏見

今週のお題「読書の秋」

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▲イギリスの女性作家、ジェーン・オースティン著の「高慢と偏見」。

お堅い本と思いきや、読んでみたら目から鱗

 ジェーン・オースティンの名声もこの「高慢と偏見」という題名も何度も耳にしたことがありました。でもこのお堅い、難しそうなタイトルが邪魔して、手に取ってみる事さえできませんでした。そんな私に変化をもたらしてくれたのが、動画サービスで見たBBCのドラマ「高慢と偏見」でした。このドラマのヒロインはアマンダという若い女性で、彼女は自分の仕事にも恋人との関係にも悩みを抱えていたのです。そんな彼女の至福の時は「高慢と偏見」の世界にどっぷりと浸かることでした。愛読書は「高慢と偏見」で本がへなへなになるくらい読み込んでいました。そんなアマンダはある日バスルームで本の主人公のエリザベスと出会い、あるはずのないドアの向こうに追いやられてしまうのです。

 ドアを激しく叩いて、「お願いだから、開けて!」と叫んでも、エリザベスは開けてくれません。仕方なく自分が今どこにいるか耳をそばだててみると、どうやらエリザベスの家の2階に居るのだと悟ったのでした。アマンダは現代の英国から100年前の世界にタイムスリップしたようです。いつもの夢が叶ったのか、あろうことか自分が心酔する、優雅で落ち着いた時代に行くことができたのでした。好奇心旺盛な彼女は見る物聞くものが楽しくて仕方ありません。この絶好の機会をとことん楽しもうと思ったのですが、ただ一つ誤算がありました。それは、エリザベスの運命の相手のダーシーと恋に落ちてしまったことでした。

 「高慢と偏見」を暗記するほど読み耽っているアマンダの好きな相手はダーシーではありませんでした。それに、このままではストーリが狂ってしまうと危惧した彼女はダーシーに自分が未来から来たと打ち明けて、小説を差し出して見せるのです。でも彼はそんな奇想天外なことを信じようとはしませんでした。それでもアマンダとダーシーはお互いの気持ちを確かめ合った後、二人は結ばれない運命にあるのだと確信したのです。アマンダは涙にくれながらダーシーと別れて、現実の世界に戻っていくのでした。

 さて、ドラマに感情移入してしまった私は、小説の「高慢と偏見」とやらがやたら気になって仕方ありませんでした。早速近所の本屋に買いに走り、読んでみると冒頭から惹きつけられました。何よりも文章がお堅いどころか、ユーモアと機知に富んでいて、思わず笑い転げてしまいました。特にヒロイン、エリザベスの父であるベネット氏についての記述は最高でした。彼は美しくて、小鳥のようにさえずるかわいい妻と結婚したはずでした。でもそんな天にも昇るような気持ちが萎むにはたいして時間を要しなかったのです。妻の実像が見た目はいいが、中身は空っぽだと言う事実は、ベネット氏には到底耐えられないものでした。

 でもベネット氏は離婚という形はとることはせず、妻とはある一定の距離を保って付き合うことにしたのです。自分がこだわりさえしなければ、妻はそんなに悪い人間ではないと開き直ることにしたわけです。実際彼には5人の年頃の娘がいました。その娘たちの中で一番まともなのは二番目のエリザベスでした。彼女は他の娘たちとは違って、見えない物が見えていて、物事の道理がわかる聡明な娘でした。彼はエリザベス以外の娘は全員ろくでなしだと思っていたのです。でも、妻から見ると、彼女は女のくせに自分の意見を主張する、まったく訳のわからない、風変わりな娘にしか思えませんでした。このように、ベネット家の夫婦のエリザベスに対しての意見は真っ向から対立していたのです。

 妻の最大の関心事は5人の娘を何とかして、どうにかして由緒ある、お金持ちの家柄の男性に嫁がせることでした。娘たちの嫁ぎ先は自分たちの生活、つまり、これからの運命を変えてしまうからでした。妻が考えるような、自分たちの運命を第3者に委ねると言う考え方にはベネット氏は苦笑するしかないのです。ただ、この小説「高慢と偏見」の世界はあくまでも庶民ではなく、特権階級の生活を中心にして物語が展開して行きます。その中で、私が気になったのは、姉妹のひとりが近衛隊長と結婚することになった場面でした。その際、エリザベスの胸には「この先二人の生活は困難を極めるだろう」というため息にも似た思いがありました。現代でいえば、世間的にも認められた役職だと思うのですが、特権階級から見れば、報酬はスズメの涙としか思えないのです。

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