人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

わたしはあかねこ

 

絵本専門店の別の顔、それは隠れ家的なバー

 先日のNHKドキュメント72時間の取材先は東京の神保町にある絵本専門店だった。絵本と言うのは子供だけのものだと思ったら大間違いで、大の大人のクスリにもなることは誰でも知っている。昔、柳田邦男さんが新聞の記事で、大人もたまには現実を忘れて無心になって子供に戻る瞬間が必要だと書いていた。むしろ絵本が必要なのは子供より大人なのではないか。世の中は普段は子供の心を忘れたふりをしている大人ばかりではなくて、きっとどこかに少年の心を持ち続けている大人も居るはずだ。本屋で絵本コーナーに立ち寄って、不覚にも涙を流してしまったと照れるおじさんも居るにはいるのだ。「俺って、もしかして馬鹿か!?」いい歳をしてみっともないと言われてしまいそうだが、感情移入してしまったのだからどうしようもない。

 今では悲しいことにどこの本屋も絵本にビニールを被せて頑として読むのを拒んでいるのが現実だ。あれでは子供は面白くないので、寄り付かないのは当然だ。それで絵本を選ぶときはネットで検索して、お勧めの本を何冊か適当に選ぶ。それからサイトに載っているレビューをできるだけたくさん読んで、よさそうな本をクリックして買うしかない。それではつまらないと思う人は都心のい大型書店の絵本コーナーに直に足を運んで探せばいい。絵本コーナーは子供の空間で大人は肩身が狭いかと思ったら、大間違いで、仕事で必要なのだろう、大人たちが真剣な表情で絵本を選んでいる。私も自分のために絵本を探しに行って、ちゃっかり読んで帰ってきてしまうことが多い。ただ、意外にもお目当ての本が見つかるかと言ったらそうでもなくて、最後に行きつくのは公立図書館と言うことがよくある。

 絵本と言うのは、いや、どんな本にも言えることだが、「また買えばいい」とか、「いつでも手に入る」だなんて決して思わない方がいい。思いっきりよく、気持ちいいほどに捨ててしまった経験のある私は最近そんなことを痛感している。

 さて、絵本専門店の話に戻ると、その店は閉店後に店の奥にある空間でバーを営業していた。本屋とバーがすぐには結び付かないが、新鮮な驚きがあった。早速、二人連れの中年の男性がやってきて、カウンターに座った。店主の女性がカクテルを作っている向こう側には書棚があって絵本がずらりと並んでいた。どんな本があるのだろう、眺めてみると、「ヘビのクリクター」「モクモクをつかまえた」「皇帝にもらった花のたね」「ミロと森のピアノ」「さよならまたね」・・・。う~ん、どれも知らない本ばかりだ。

 「ここっていわゆる隠れ家的な場所ですよね。ある意味、絵本がこんなにあることがおしゃれだなあ」と二人連れの内のひとりの男性が感慨深げに店主に話しかける。すると、店主が側にある書棚から一冊の絵本を引っ張り出してきた。それは『私となかよし』という本だった。この本、私は結構好きなんですよと言いながら朗読を始めた。「私には素敵な友達がいる、それは私。私が街を歩くとき、私は私といつも一緒。私は私を大事にするの!」

 読み終えた後、店主はこの絵本は大人にも人気があるんですよと付け加えた。なるほど、主人公は豚さんでユーモラスな絵がチャームポイントだが、なんだか大人の胸にも響くことを言ってくれている。先ほどの男性が「僕らの年になると読み聞かせなんて縁がないから、特に新鮮に感じるんです」と言う。カクテルと絵本だなんて、なんだかミスマッチのようだが、返って、日常を生きている彼らのいい気分転換になっているようだ。

 次にやって来たのは若い男女のカップルだった。普段から夜通りかかっていて気にはなっていた。何だろうと思って調べたら、書店が夜バーになることを知ったのだ。だからこの店に来るのは初めて。店主はまた絵本を取り出して「こんなの知ってますか」と言いながら『わたしはあかねこ』を読みだした。白色と黒色の両親から生まれたのに、自分だけなぜか赤色で生まれた猫の話だった。そのネコは「私は自分の赤い色がすごく気に入っているのに、周りは必死になって何とかしようとする。白いミルクを飲めば、白くなれると言っては私に無理矢理沢山のミルクを飲ませようとする」のが嫌で仕方がなかった。それで、そのネコはどうしたかと言うと、「家から飛び出して、街に逃げた」と言うから仰天した。

 その理由は街には空や海のようなブルーのネコがいて、そのネコが「君の赤い色はとても綺麗だね」と褒めてくれたからだ。そんな簡単に自分の家族を捨てるなんてと世間から反発を食らいそうな話だが、人は本来は家族のしがらみを大事にしなければならないのだろうか。あかねこは自分の居場所はそこではないとわかっていたから、自分の気持ちに正直に従ったまでのことだ。本当なら子供向けの絵本は「皆仲よく」をモットーとしているが、その点でこの絵本は従来の作品とは一線を画している。

 それと、特筆すべきは、帰り際にカップルの男性が車椅子なのだとわかったことだ。その人は「自分にも存在理由があるってことですよね。それがわかってよかったです」と意味深な感想を述べていた。いずれにしろ、よかった、元気に手を振って返って行った。

 

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