人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

ミチコさんが嫁いできた日

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

f:id:mikonacolon:20210722214843j:plain

アタカマ砂漠の「月の谷」。NHKまいにちスペイン語8月号から

義姉の緑と赤の花嫁衣裳が目に焼きついて

 ミチコさんは兄のお嫁さんで、私が高校生の時に家に嫁いできました。私が今でも忘れられないのはミチコさんが来ていた花嫁衣裳です。輝くような緑色の打掛で、赤いボタンの花が強烈なまでに自己主張していて、緑と赤のコントラストが見事でした。金糸や銀糸で刺繍された鶴も飛んでいてうっとりするほど綺麗でした。でもそれは着る人が美しい人だからこそ言える事であって、あの時のミチコさんは宝石のようにキラキラしていました。実はミチコさんは兄が選んだ2番目のお嫁さんでした。なぜかと言うと、兄が初めて選んだお嫁さんとは破談になってしまったからです。兄はお見合いをしてその女性と結婚をすることに決めて、結納まで交わしました。ところが、よく調べてみたら、再婚であることがわかって結婚は無効になりました。

 考えてみると、確かに今の世の中では初婚の男性が再婚の女性と結婚するなんてことはいくらでもあります。でもあの時代は、特にしきたりを重んじる田舎ではとんでもない事だとしか考えられなかったようです。断られた女性が泣いて家に押しかけてきて、父に必死で訴えているのを目撃したことがありました。確かに縁は固く結ばれたと思ったのに、あんなにもあっけなく切れてしまったことに絶句しました。「縁がなかったのだ」と父は肩を落とし、結納に使った鶴や亀の飾り等の品々を箱にしまったまま処分しようとはしませんでした。それはミチコさんが嫁いできたときも埃を被ったまま放置されていたのです。

 しばらくして兄はミチコさんとお見合いをしました。家に遊びに来たミチコさんに私は素直に疑問をぶつけました、「あんなお兄ちゃんのどこがよかったの?」。その時のミチコさんは笑って誤魔化すだけで私の質問に答えてはくれませんでした。でもその後結婚して一緒に暮らすようになってから、なぜ長男の嫁になったのか教えてくれました。お見合いというのは最初から「結婚するんだ」という覚悟で臨むので、何回かのデートで決めてしまう、というより決めなければならないのです。その時「この人、なんだかよさそう!」と思えればいいのですが、現実はなかなかそう思える人には出会えません。

 なぜミチコさんは兄を選んだのか、それは今までお見合いした中で兄が一番ましな人だったからです。お見合いの相手はほとんど長男で、思いだすとロクな人がいなかった!と言うのです。そんなことを言われても私には何のことだかわかりません。私が戸惑っていると、ミチコさんはにわかには信じられないことを話し始めました。お見合いの相手とデートするときは田舎なのでたいてい皆車で迎えに来てくれます。問題はそれからで、食事に行く場所をすぐに決められなかったり、何かというと「お母ちゃんに聞いてみるから」と大人らしからぬ発言を連発したりするのです。なんだか笑えてきてしまうような話ですが、この時代はまだ男性が女性をリードするのが当たり前でした。なので、男らしさのカケラもない決断力も何もない男性たちはミチコさんにとっては問題外でした。

 だからと言って、ミチコさんが兄の性格を見ぬいていたわけではありません。兄に決めたのは、一つには「いい所ばっかりに連れて行ってくれるから」でした。例えば、そこは日本庭園を眺めながら食事ができる料亭の離れとか、今まで行ったことがないような別空間を思わせるレストランなどでした。この人は私をいい気分にさせてくれる!そんなことで、そうなのです、人間はいつも冷静ではいられるわけもなく、時に錯覚してしまう生き物なのです。おかげでミチコさんは12年後に離婚し、紆余曲折を経て、元のさやに納まりました。先に兄が天国に行ってしまったので、今は犬と猫と共にのびのびと暮らしています。

mikonacolon