人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

新聞勧誘の巧妙さに困惑

ドアを開けて、すぐに後悔したが・・・

 あれは年末の12月29日の夕方だった。玄関のインターホンが鳴ったので、反射的に受話器を取った。すると、「ハザードマップとカレンダーをお配りしています」との声が聞えた。ハザードマップか、いくら何でも、そう言われたら、「うちはいりません」だなんて応答はできないではないか。普通は「一応もらっておくか」となるのではないだろうか。それで、何の疑いもなく、気軽にドアを開けた。玄関の外にはマスクをした若い女の子が立っていて、目が笑っていた。その時の私は、あくまでもハザードマップを貰って終わりのつもりだった。だが、予想外にすぐには終わらなかった。

 彼女は私に、「ディズニーのカレンダーがあるんですけど、興味ありますか」と聞いてきた。私が「たいして興味もないけど」と答えかけたのを遮って、カレンダーを差し出すので、受け取った。「いやあ、この近くを回っているんですけど、年末だからか、何処のうちもいないみたいなんです。良かった、あなたに会えて」などと訳のわからないことを言ってくる。さらに、「もしよかったら、お米とか、洗剤もいっぱいあるので、貰ってもらえませんか」などと言うので、こちらは何と返答していいかわからない。私が言葉に窮していると、「ちょっと待っててください。今取ってきますから」と言って立ち去った。彼女の言葉に困惑しきりの私は「ああは言っても、どうせもう来ないに決まっている」と踏んでいた。

 ところが、少し経ってから、またインターホンが鳴って、彼女は両手にお米と洗剤の袋を抱えてやってきた。まず最初に液体洗剤の袋二つを差し出すので、受け取らざるを得ない。それから2キロ入りのお米の袋を見せながら、「ひとめぼれ、こしひかりとかいろいろ種類がありますけど、どれがいいですか」などと尋ねる。そう言われても、○○が欲しいだなんて、言えるわけもない。まさか、見も知らぬ相手から、ただでお米を、いや、物を貰うだなんてできるはずもない。全く道理に合わないし、”タダより高い物はない”のである。それでも、また彼女は2キロ入りのお米を二袋私の目の前に差し出すので、私は反射的にそれらを受け取り、玄関の下駄箱の上に置く。驚いたことに、彼女は「もう今年も最後なので、全て処分してしまいたいので全部どうぞ」と抱えていたお米を私に差し出す。

 ここで、いくら鈍感な私でも、これはえらいことになったと、ドアを開けたことを後悔した。つまり、パンドラの箱を気安く開けてしまったような気分になった。ハザードマップだけ受け取って終わりにしたかったのに、会話の流れでいつの間にかそれができなくなってしまった。それから彼女は待ちに待った本題に入った。自分は学生で、来年の3月に卒業する予定だが、会社の方からノルマを与えられており、どうしても今年中になんとかしなければならない。3か月でいいから、何とかお願いできないだろうか、と私に頼みこむ。その気持ちも痛いほどわかるが、私も今新聞を3紙も取っていて、もはや別の新聞を取る余裕はないことを正直に話す。途端に彼女は落胆したようだったので、「新聞でも、よく新聞配達をしながら学校に通う人の過酷な実態が問題になっていますよね」と同情せざるを得ない。すると彼女の顔がパアっと明るくなった気がした。

 と同時に私も目が覚めたようで、「そう言うことだから、私はこれらの品物は貰えないわ。これから新聞購読の契約をしてくれた人が貰うべきものだから」との言葉が自然と口から出た。下駄箱の上に積んであったお米の袋と洗剤を所在なさげだった彼女の両手に引き渡す。ずしんと重そうで、悪かったかなあと思ったが、貰う理由のない品物は貰えない。ましてやタダなのだから。それでも、彼女も私の言わんとすることがわかったのだろう、「とても残念だけど、話だけでも聞いてもらえてうれしかったです」と納得して帰って行った。

 考えてみると、新聞勧誘において、真っ向から「○○新聞です」などと告げたら、誰もドアを開けてくれないのは明かだ。門前払いは必至だが、「ハザードマップをお持ちしました」などとでも言ったら、これはそうは簡単には見過ごせないとなる。なるほど会社もよく考えたものだ。人間の心理を鋭く突いている。

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