人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

串揚げの食べ方にも人生が見える

▲9月30日の「喫茶アネモネ」。

ソース二度づけ禁止、チャンスは二度ない?

 先日の東京新聞に連載されている柘植文(つげあや)さんの漫画「喫茶アネモネ」は串揚げの話だった。ある日のアネモネのランチは串揚げ定食で、漫画の絵では見るからに美味しそうだ。お皿に並べられた串揚げはどれもフワフワでボリュームがある。ただ、二度付け禁止と注意書きがあるので、それを気にする人はそれなりに気になるらしい。常連さんの若者はソースをさらっと軽くつけて食べている。ところが、ヘアースタイルがブロッコリーそっくりの中年男性の吉田さんはやたらとビシャビシャつけている。そのあまりの大胆さに若者は「すごい付けますね」と驚いている。

 若者としては、何もそんなにソースをベッチョリつけなくてもいいではないか、と言うのが本音なのだが、吉田さんは気にしない。それどころか、「若者と違って、一度のチャンスを逃せば2度目は無いってことが身に染みているのさ」などと、自身の人生哲学を堂々と主張する。ええ!?串揚げと人生って関係なんてあったっけ?ユニークな能書きをたれながら、吉田さんは次から次へと串揚げにこれでもかと言うくらいソースをつけて食べていた。すると、言わないことじゃない、ついに串揚げの衣が壊れて中身が飛び出してしまった。

 そのときの吉田さんの言葉がまさに人生を物語っていて、うける、というか、面白い。それは「一度のチャンスに慎重になり過ぎて失敗する・・・、それも身に染みていたはずなのになあ」で、しみじみと語っているところが、なんだか哀愁を誘う。そもそも串揚げと自分のこれまでの人生を結び付けて、深刻に考えすぎてしまうのが間違いなのだ。だが、串揚げのソース二度付け禁止を”チャンスは一度”と捉えるのはなかなかできることではない。面白いがアハハッと笑えるレベルではないものの、クスッとした笑いを提供してくれるのが「喫茶アネモネ」という漫画の良さだと思う。日常の何でもない出来事の中には探せば探すほど、シュールな笑いを見つけられるのだと証明してくれている。

 さらに吉田さんはこちらがドキッとするようなことを言う、「ソースは衣に染みるけど、人間は何も身にしみないんだなあ」だなんて!そんなことを突然言われたら、それって、もしかしたら私のこと?と胸に手を当てて考え込んでしまうではないか。過去の失敗から何も学ばないのかと他人から責められているようなものだ。散々痛い目に合っても、のど元過ぎれば熱さを忘れ、また性懲りもなく同じ失敗を繰り返してしまうのだから。

 吉田さんは串カツを頬張りながら、人生の哀歓に浸っていた。すると隣にいた若者に「いや、身にしみなくても2本目は加減がわかりません?」とそれくらい当然とばかりに指摘されてしまうのだ。若者は串カツと人生を一緒くたには考えないので、中年の吉田さんの気持ちは分かるはずもない。カウンターで隣同士で座りながら、若者と吉田さんには世代間のギャップがある。残念ながら、串揚げのソースのことで「そうだよねえ」と共感することはありえない。吉田さんは「だって1回だと言われるとさー」と苦しい言い訳をして、自分の行動を正当化しようとする。

 そこへ、アネモネのアルバイトのよっちゃんの一声が店内に響いた。「プレッシャーに弱い人用に専用ソースワーン」。あれ~、となると、吉田さんは中年だから串揚げを人生と同様に考えてしまうのではなくて、ただ単に繊細で感じやすいだけの人なのだろうか。いずれにしても、串揚げの食べ方ひとつで、その人の人生が見えてしまうのには目から鱗だった。

 串揚げで思い出すのは、友だちに連れられて初めて行ったある串揚げ専門店のことだ。私たちはカウンター席に座って、串揚げが揚がるのを世間話をしながら待っていた。ほどなく目の前に串揚げを盛った皿が出されたが、それを見て思わず、「ちっちゃい!」と呟いてしまった。数種の串揚げが盛られてはいるが、どれも一口サイズでお腹の足しにもならない。その時はビールを飲みながらだったが、小腹が空いて、家に帰ってからご飯を食べた。

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