人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

隋唐演義の世界

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グラナダのサン・ファン・デ・ディオス教会堂。NHKまいにちスペイン語テキストから。

英雄たちの活躍に心躍らせ、また涙する

  初回から毎回ワクワクして見ていた中国ドラマ「隋唐演義」がとうとう終わってしまいました。実は動画サービスで以前にもやっていたのですが、その時は主役の、とは言ってもここに出て来る英雄たちは皆主役のようなものですが、イエン・クアンさんの顔が濃すぎて敬遠してしまいました。今回はというと、それまで見ていたドラマがちょうど終わってしまったので、間がぽっかりと空いてしまったのです。おかげで食わず嫌いだった私にも、この46人のカッコよすぎる英雄が活躍するドラマを見る機会が訪れたのでした。

 特に数多くいる武人たちの中でも、忠義を重んじ、自分の事より他人を優先する秦瓊(しんけい)には目から鱗でした。彼は隋王朝の役人で、任務中に偶然李淵(後の唐王朝の建国者)一家が刺客に襲われるの場面に遭遇し、彼らを助けるのです。でもその際にに誤って敵の上官を殺してしまいます。そのせいで、怒り狂った相手から命を狙われて逃亡の旅に出ます。それからも悪徳宿屋にお金をだまし取られ、泣く泣く愛馬を売るしかなくなったりと情けないことになるのです。それでも義理に厚い秦瓊は多くの義兄弟に助けられて事なき得るのです。そのうちのひとり、単雄信(ぜんゆうしん)は民を助ける盗賊、つまり義賊の頭領でした。以前彼は秦瓊に助けられたことがあり、それがきっかけで二人は義兄弟になったのでした。そして、今度は単雄信のおかげで命を救われて、二人は互いに絆の深さを再確認し合うのでした。

 秦瓊はカンという武器を操る達人なのですが、ドラマの冒頭から災難続きで、それから先の展開が思いやられました。彼の場合、武術の腕前よりも人とのつながりの強さ、その深さが彼をいつも危機から救ってくれるのです。地位や権力、お金よりも、人とのネットワークが何よりも大切なのだとわかりました。初めは彼は誰とでも仲良くなれる八方美人のような性格なのだと誤解していました。いやはや、いい人過ぎるではないか、と。でも、そうではなくて義理人情や上下関係を大事にするのです。それに彼は人の失敗を責めることはしないし、もちろん人を憎むこともしない稀有なヒーローなのです。驚くべきことに、他人のために自分が身代わりになって死ぬことも躊躇しません。すべては天命で、それが自分の運命だ信じているからです。

 悪名高き隋の皇帝陽広に仕える宇文化及の息子、宇文成都はどちらかというと秦瓊よりも心に残る存在です。悪者の父親の命令に従わざるを得ないのですが、惹かれる相手である玉児(ユアール)を逃がします。玉児は秦瓊の妻になりました。だから自分の想いは叶わないのですが、何度拒絶されても思いを断ち切ることはできません。それでも、父親に「私は人を愛する心を大事にしたいのです」と主張して、「お前はなんて馬鹿なのだ!」と激怒されるのです。玉児に言いたい放題言われても耐える宇文成都が何だか気の毒になってしまいました。それでも、愛する人は絶対傷つけないし、自分が必ず守り抜くと誓うところに感動してしまうのです。最後は隋の将軍として死を選ぶ潔さにもグッと来てしまって、まさに真の英雄と言えるでしょう。

 それから、ドラマの戦いに明け暮れる展開の中で唯一ユーモアと言うか、コメディの要素を担っているのが、尤俊達(ゆうしゅんたつ)と程咬金(ていこうきん)の二人です。尤俊達は盗賊の頭で強面と思いきや、ひょんなことから程咬金と知り合って、なんと意気投合してしまいます。義兄弟の誓いを立てたせいで、程咬金が義理の兄となったのです。それで彼が無茶苦茶なことをやっても強く言えなくてオロオロしてしまう、その義理堅さと盗賊の頭としてのシャープさとの落差をより新鮮に感じました。そして最後まで兄貴に逆らったり、声を荒げる事はありませんでした。それにしても程咬金は口が軽くて、どうしようもないトラブルメーカーでした。でも最後にはそんなお荷物みたいな思いが消えたのは、彼の人徳のおかげなのでしょうか。いずれにしても、尤俊達と程咬金を演じた、二人の俳優の演技が縦横無尽で笑えて楽しめました。

 

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