人生は旅

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新しい老後を描いた「うめ婆行状記」

お題「#新生活が捗る逸品」

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▲これはアマゾンのサイトにある本のレビュー。この宇江佐真理さんの「うめ婆行状記」は今では文庫になっているのですが、元はといえば朝日新聞の夕刊に週1回連載されていたものです。毎週金曜日が来るのが待ち遠しかったほど、それくらい物語の展開にドキドキしたものです。この小説のテーマは江戸時代における新しい女の生き方です。それも老後の女性が自由な生き方を求めて行動する点において、今までの時代小説とは一線を画しているのです。

江戸時代における新しい女性の老後を描いて

 普通、新聞の連載小説は連載が終わると必ず単行本として出版されます。でもこの小説は物語が途中なのに突然終わってしまったのです。これからが面白くなるところだと期待していたのに、作者が急逝してしまったからです。だからその死を惜しみつつ、話の続きをあれやこれやと想像して楽しむしかないのです。この「うめ婆行状記」の主人公はうめさんという年のころは60歳くらいの女性で、物語の舞台は江戸時代です。うめさんは商家の奥様で店も繁盛して何不自由ない生活を送っているかのように見えました。ところが、ある日長年連れ添った旦那さんが亡くなりました。ひとり残されて悲しみに暮れるうめさんでしたが、すぐに何かを決心したようです。

 うめさんはこう思ったのです。これからは一人で自由に生きてみたい。店もおかげさまで繁盛しているようだし、あとは息子に任せればうまくやってくれるだろう。自分がいなくても何も心配することなどないと。うめさんは今の生活ではできない、朝寝坊や、好きな時に寝て、好きな時に食べる気儘な生活がしてみたかったのです。こう書くと何でもないことですが、時代を考えると「いい加減にしろ」と怒られてしまいそうな望みです。そんな突拍子もない、ばかげた考え方はすぐには受け入れられるはずもありません。うめさんは息子や嫁に「自分は一人暮らしがしたいから家を出ていく」と宣言します。そんなとんでもないことを言われても寝耳に水で、彼らにはうめさんの真意などわかるはずもありません。大店の奥様とか、息子の嫁にとっての姑、孫にとってのお祖母ちゃんといった立場は要らないし、煩わしいのです。これからは誰かのためではなく、自分だけのために生きてみたい気持ちでいっぱいなのでした。

 うめさんはとりあえず必要な物だけ持って長屋でひとり暮らしを始めました。家族に囲まれて住んでいたのにも関わらず、孤独感に襲われることもなく、やっと手に入れた自由の解放感で気持ちが高揚していました。こんな幸せもあったのかとひとりの時間を楽しもうとしたのに、そこへ家を出ていた息子や嫁に行った娘たちが様子を見にやって来たのです。誰もがうめさんをそっとしておいてはくれず、息子の隠し子騒動に巻き込まれてしまいます。娘たちも母親の心配より自分たちのことしか考えない自分勝手な子たちなので、別に会いたくもないのでした。

 騒動が落ち着いたころ、うめさんはあることを真剣に考えるようになりました。まだこの頃は年金などと言うものなどなかった時代です。家を出るとき当面必要なお金は持ってきたはずだったのですが、このまま使っていたらやがては尽きてしまうことに気づいたのです。どうやら、うめさんの望んだ自由で気ままな暮らしはお金なしには成り立たないようなのです。それで毎月決まった収入を得る方法は何かないかと考え始めるのです。自由には代償が付きまとう、つまり精神的自立だけでなく、経済的自立が必要なのです。うめさんが「何か商売をしてみたらどうだろう」と考えた矢先に、突然小説は絶筆になりました。紙面のお知らせを見て呆然としてしまい、その時の衝撃はとても表現できません。あれからどう行動したのか、本当の意味での自立はできたのか、興味は尽きないのですが、物語の続きは謎のままです。

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