人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

楽しくなければ、ブログは書けない

特別お題「わたしがブログを書く理由

スラスラ書ければ、その日は幸せ

 ご飯を食べるのと同じように、ブログを書くことが日課になっています。毎朝、パソコンに向かうのが当たり前で、今日は書けそうもないと思ってみたところで、「じゃあ、今日はやめにするか」なんてことにはなりません。子どもの頃の夏休みの宿題のように、誰かに強制されているわけでもないのに。それなのに、とりあえず、書けなくても、途中まででもいいからと自分を宥めて?ブログを書き始めます。なぜそうするのか、たいして理由はないのですが、まあ、書いた後の自己満足な達成感が好きだから、だとしか言えません。普段の決まりきった、何の変哲もない生活の中で、「楽しい」と思える瞬間ってそうはありません。そんな心が震えるような瞬間を経験できるのですから、この上ない喜びで、ブログの効用と言うか、嬉しいご褒美です。

 そんな私がいつも思うのは、ブログがスラスラ書けたら、文章が坂道を転がる玉のようにコロコロとリズミカルに転がっていったら、どんなにいいだろうかということです。実際の私は、ブログの途中で言葉に詰まったり、どう締めくくろうかと迷ったりします。要するに、行き当たりばったりで、文章の推敲なんてしないのです。でも、小説と違って、ブログはその人の心の叫びを書けばいいと勝手に思っているので、それがブログの良さであり、だからブログは自由でいいんです。ブログを長く続けるのに楽しいという感情は不可欠です。

 ブログを書く上で、参考にしているのは、芥川賞作家の村田喜代子さんのアドバイスです。以前、新聞の文化欄で「どうすれば、文章をスラスラ書けるのですか」という読者からの投稿にこう答えていました。「これと言って、コツと言えるものはないけれど、例えば、家族や友人に話しかけるようなスタンスで、文章を書くと書きやすいのではないかしら」。この村田さんの貴重なアドバイスを読んで、そうか、これなら、私にもできそうだなあと、すぐに取り入れました。だいたいが、ブログというのは誰かに読まれることを前提に書くものですから、そう思うと、少し緊張します。でも、村田さんのアドバイスのおかげで、気の置けない身内?にでも話しかけるような雰囲気の中で、ブログを書けるようになりました。誤解を招くかもしれないので、ひとこと言っておくと、だからと言って、スラスラ書けるわけではありませんが。

 ブログを書いていると、当然のごとく、新聞などに連載されている著名人のエッセイが気になります。どうにかして、文章を書くコツを盗み、真似をしたくなるのです。それと、自分がその日のブログを上手く書けなかったときなどは、「どうしてこんなに次々と話が繋がり、1380字(これはエッセイの字数)も書けるのだろうか」などと不甲斐ない我が身と比べたりもするのです。これは全く意味がないことで、時間の無駄なのですが。お金を貰って書いているのですから、それなりにちゃんとしているのは当然です。そんな中で、特に私を驚かせたのはくどうれいんさんでした。くどうさんは青森県在住の詩人で作家で、まだ20代の若い女性です。そんなくどうさんが書くエッセイのテーマが食べ物で、ミニトマトだったり、もずくだったり、さくらんぼだったりします。でも、考えてもみてください、もし自分がこのテーマでブログを書くとしたら、果たして、1380字も書けるでしょうか。私にはどう考えても、できません。

 要するに、何を言いたいかと言うと、ミニトマトで1380字も書けるということは、くどうさんはミニトマトに関して、それほどの思い入れと言うか、こだわりがあるということなんです。くどうさんの頭の中はミニトマトのことで溢れかえっていて、文章の中にその情熱が滲み出ているんです。だから、エピソードに困らないし、文章がリズミカルに進んでいくんです。一般的に、文章にはその人の生きざまが反映していると言われますが、くどうさんのエッセイはその代表例と言えます。

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