人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

神楽坂の思い出の続き

ビデオ屋に飛んで行った、映画『僕の美しい人だから』

 飯田橋駅にある、神田川にかかる橋の向かい側に当時パチンコ屋があったが、それもすでにもうない。どこででも人気のスターバックスに変わったからだ。数年前に行った時も、いや、と言っても、コロナ禍よりずうっと前だから本当のところは分からないが、今でもスターバックスは健在なのだろう。そのパチンコ屋の並びにビデオ屋があって、狭い階段を上って行くと、こじんまりした空間があって、当時はまだVHSの時代だった。そこは住んでいたアパートから歩いて20分ほどかかる場所だったので、そんなにしょっちゅうは通っていなかった。でも、ある日本屋で一冊の本を手に取ったことによって、どうしてもビデオ屋に行かなきゃという気持ちになってしまった。

 その本の題名は『ぼくの美しい人だから』で、何とも魅力的はタイトルだった。好奇心を抑えきれず、その文庫本を手に取って、パラパラと捲ってみると、巻頭に映画のシーンが載っていた。それで、その本は映画にもなっていて、恋愛映画の名作らしいことがわかった。写真をよく見ると、美しい金髪の青年と中年女性の二人で、その女性がどこかで見たことがある女優さんで、スーザン・サランドンだと知った。もちろん、本も買ったが、映画も見たい気持ちが抑えらなかった、それで、アルバイトを終えると、いつものように家に帰ることはせず、そのままビデオ屋へとまっしぐらに飛んで行った。

 歩いている最中に、「もしも、誰かが借りていて、無かったらどうしよう」という不安でいっぱいになったが、勢いづいた私の気持ちは止められない。ビデオ屋の階段を上って、さてお目当てのビデオを探すと、何たる幸運の星の下に生まれたのか、私は。それはちゃんとあって、まるで私の来るのを待ってくれていたかのようだ。さて、ビデオを見た感想はというと、今でも思い出すのは、スーザン・サランドンの美しい足。彼女は一見して、グラマーに見えるのだが、トップスの豊かさからは考えられないほど、足が細くて綺麗だった。明らかに映画の中で、その足の美しさは小道具のように使われていて、映画を盛り上げていた。

 この映画はテーマは身分違いの恋なのだが、その分厚い障壁を乗り越えて、ふたりは見事結ばれるというストーリーになっている。最初、誰もがレストランで働く中年女性と将来有望な青年とは不釣り合いだし、出会いも最悪だったので、これはあり得ないでしょうと考えるのが普通だ。だが、だんだんとスーザン・サランドンが演じる、さえない中年女性が何とも”美しい人”に見えてくるから不思議だ。下品としか思えない、生活に疲れた感がにじみ出ている女性が、金髪が美しいエリート青年を魅了するのだから、まさに目から鱗だ。

 それでも、そんなのは一時の気の迷いかとも思われたのだが、つまり、彼はどうかしているだけで、憑き物に取りつかれているだけだとかいう浅薄な見方もできた。でも、結果的に、頭ではなく、理屈でもなく、彼は自分の正直な気持ちに従った。これには2人の恋愛が現実ではなく、夢物語としか思えなかった彼女も衝撃を受けた。もちろん、ビデオを見て、今後の展開がどうなることかとやきもきしていた私も大いに感動した。その時初めて、男女の恋愛に理屈はいらないのだと知った。この世の中には「相手のどこが好きですか」などと質問を投げかけてきて、明確な理由を聞きたい輩が五万といるが、そんなカラスの勝手に振り回されなくてもいい。すぐに答えられなくてもいいのだ。相手を好きな理由に理屈はいらない、と教えてくれて映画、それが、『私の美しい人だから』だった。

 数年後、NHKで「素敵な人?」というタイトルのドラマを見た。主演は室井滋さんで、彼女の役は街中でよく見かける工事現場の交通整理員だったが、そのストーリーが『僕の美しい人だから』にそっくりだった。もしかして、リメイク版ではと思ったら、やはり原作は映画と同じ著者だった。このドラマもまたステレオタイプを皮肉る意外性と恋愛における心の純粋さが強調されていて、とても面白かった。

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