人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

やる気が出ないときの考え方

今週のお題「やる気が出ないときの◯◯」

どうしてもダメなら、諦めて休むもありか

 人間を長いことやっていると、当然やる気の出ないことが多々ある。そんなとき取るべき行動の選択肢は2つある。無理矢理自分を奮い立たせ、何とかやってしまうか、あるいは、やらないでサボるかのどちらかだ。前者の場合は私なら会社に行くことで、気分が乗らなくても、仕事を目の前にすれば惰性でなんとかなってしまう。そのくらいは社会人として、あるいは大人として朝飯前なのではあるが、仕事の出来としては多少問題が発生するかもしれない。何しろ自分の気持ちが入っていないものだから、集中力が散漫なので、細かいミスがちらほらと垣間見えるかもしれない。こんな仕事をするくらいなら、やらない方がましで時間の無駄じゃないと指摘されれば、その通りでぐうの音も出ない。言われてしまえばその通りだが、人間365日においてやる気全開の人などいないし、また集中力にもその時によってムラがある。そんな言い訳を並べたくなるのが人間というものだ。

 一方のやらないでサボる方の場合だが、生活の糧を得る仕事でない限り、許容範囲は大幅に拡大する。こちらは大いに自分を甘やかしていいのだが、つまり自分を精神的に追い込んでまですることではないという考え方から、しないことを選択するわけだ。世の中には自分がして当たり前だと思っていることをしないでラクに生きている人もいるらしい。例えば、部屋の掃除、整理整頓、洗濯、食料品や日用品等の買い物、これらは正直言ってあまりやりたくない。つまり、心がときめかないので、やる気が出ないのだ。毎日生きているせいでほぼ惰性のようについてくる付属品のようなものだ。だいたいがスーパーに行って心がときめく買い物をすること自体無理なのだ。そうなると、10代、20代の時のようなワクワクするようなあの胸のときめきを感じた”楽しい買い物”が懐かしくなる。今となってはもはや忘却の彼方だ。いや、そう言えば、最近少しドキドキして心が浮き立つような買い物をした。こんなことを書くと、ひんしゅくを買ってしまうかもしれないが、マイナポイントを利用して、いつものスーパーで買い物をしたのだ。その時の私は”少しでも家計の足しになればいい”という考えはさらさらなくて、普段は食べられないようなワンランク上の商品を試してみようと店内を巡っていた。それまで食べたことがない商品を手にしてホクホク顔の私は大いに幸せを感じていた。

 話を元に戻すと、そういつもいつもやる気が出ないからと言ってサボってばかりいると、つけが溜まってえらいことになるのはすでに経験済みだ。要するに、サボるというか、スキップするにも程度というものがあって、理性的な加減というものが必要なのだ。何事も”過ぎたるは猶及ばざるが如し”でやりすぎるのは良くないのだ。やる気が出ない時にひと休みのつもりでサボることに罪悪感を抱いてしまうことはできることなら避けたい。となると、サボった後のことを考えて、想像力をめいっぱい働かせると、自分の意志には反するけれども妥協せずにはいられない。

 恥ずかしい話だが、私は掃除があまり好きではないので、掃除機は部屋の隅に置きっぱなしだ。そんな私でも綺麗な部屋には住みたいので、ガムテープで髪の毛や埃を取り、雑巾で拭き掃除をするのを朝の日課にしている。まるで小学校の時にしていた教室の掃除当番のようなノリで適当にやっているので苦痛はない。最近はだいぶ寒くなって来たので、手がカサカサしてきた。これから暖房を入れるとなると、空気が乾燥するので加湿器が必要なのだが、今までは使ってはいなかった。先日、量販店の加湿器売り場に行って見たら、見た目ではそれとは分からないが、インテリアにもなりそうなおしゃれなタイプの商品に惹きつけられた。それを買おうかとすぐに思ったが、ふと見ると何やら注意書きがしてあった。「この商品はこまめにお掃除ができない方には不向きです。いつも清潔に保たないとカビ菌を部屋中にまき散らしてしまいますから」という文面を見た私は一瞬その場に凍り付いた。私は及びでなかった。すごすごと退散したのは言うまでもない。

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