人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

空白の時間を歩く

何もしない退屈な時間が嫌なので、ひたすら歩く

 先日の日経のエッセイ『プロムナード』は女優の大友花恋さんの担当だった。タイトルは「空白の時間を歩く」で、さてさて、空白の時間とは何ぞや?と当方は戸惑った。花恋さんによると、空白の時間とは、何もしない時間のことで、退屈でとても苦手だという。具体的に言うと、それは仕事がない休日をどう過ごすかという問題でもあるのだが、することがないというか、やりたいことが思いつかないらしい。こう書くと、カラスの勝手な思い込みから言うと、だいたい世の中にやりたいことは五万とあるのだから、探せば容易に見つかるはずだ。

 それでも見つからないというか、やることが思い浮かばない花恋さんは、やたらと歩くという行為を繰り返すのだ。夜寝る前に一日を振り返ってみると、「朝起て近所をランニング、戻ってきて身支度を整えて散歩。昼食をはさんで、また散歩。帰って来たら、お風呂に入って寝床につく」というもので、ため息がつくのを通り越してびっくり仰天する。なぜなら、せっかくの休日なのに、これでは全然休んでいないで、常に身体にスイッチが入っているオンの状態だからだ。勝手に推測すると、花恋さんは当方のようにのんべんだらりと羽を伸ばす、つまりオフ状態になることができない体質らしい。

 これまで何回も花恋さんのエッセイを拝見しているが、朝のランニングや夜の筋トレとちゃんと自分にやるべきルーチンを課している。それをストイックに守る真面目な性格だとお見受けする。残念なことに、私はご本人がどんな人か知らなかったが、最近やっとテレビのCMでお目にかかることができた。有名俳優の男性と一緒だったが、幸運なことにそのCMにはご本人のすぐ横に名前が載っていたので「ああ、この人が・・・なのか」とわかった。花恋さんがどんな人なのかを知ることができたのに、なにぶん一瞬のことなので記憶があやふやでそのお顔は思い出せない。顔ははっきりとは思い出せないが、これまでエッセイを散々読んでいるので、親戚の女の子のように思えてしまうのだ、当方のようなおばさんとしては。

 花恋さんの「やたらと散歩してしまう」という行為は当方にも身に覚えがある。まだ若い頃、休日に家に居るのが嫌だった。休日はその名の通り”身体を休める日”なのだが、一日中家に居るのが何だかもったいないと感じていたのだ。つまり、何でもいいから平安ではなく、”刺激”を求めていたらしい。”刺激”と言っても、そんなにたいしたことではなく、ほんのちょっとでもワクワク、ドキドキすることでよかった。ではそのような面白い何かはどこへ行けば得られるのか、といったら、当然家に居たらダメで、外に行かなければならない。それで、私の心は自然と外に向かい、その想いに突き動かされるようにして、身体は歩くという行為を実行した。

 とにかく外に行けば、何とかなる、つまりそこには常に人がいて何かをしているし、また何か面白いものが見つかるかもしれない、いや間違いなくそうだった。人混みが苦手な私は電車に乗るの避けるために遠い距離でも歩くことを選択した。それに電車で目的地に行くのではなくて、自分の身体を使って歩いて到達することに達成感を感じていたことも確かだ。お金がなくても、自力で行けることは変な話だがちょっとした自信にも繋がる。ちょうど日本各地で地震が頻発している時期だった。当時は「あなたは会社から自宅まで歩いて帰れますか」などというメッセージをよく見かけた。

 それで、もしもの時家まで帰れるかどうかを試してみることにした。もちろん休みの日に実行したのだが、まずは地図を開いて、どう行くべきか、どの道を行ったら最短距離になるかを調べた。少し不安だったが地図を頼りにたいして人通りのない道をひたすら歩く。途中で休憩したいのに喉を潤すべき場所がどこにもないのには参った。せめてちょっとした喫茶店でもあればよかったのに。仕方がないので、こんなこともあろうかと持ってきたボトルのお茶を飲み干した。結局行きは家から会社付近まで3時間近くかかった。こんなに歩いた経験がない私は疲労困憊でぐったり。会社近くの喫茶店でしばらく休み、帰りはもちろん電車で家に帰った。それでも、私は自力で行けたことが嬉しくて大満足だった。

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