人生は旅

人生も旅もトラブルの連続、だからこそ‘’今‘’を大切にしたい

私を整えてくれる習慣ベスト3

今週のお題「上半期ベスト◯◯」

今さらながら気づかされることは、睡眠の大切さ

 今まで頭では分かっていたが、いざとなると、往生際が悪くなり、どうしてもさっさと布団に入ることができなかった。それはどうしてか、要するに、得をしたいからで、もう寝る時間だと身体が知らせてくれているにもかかわらず、それにいつも抵抗してきた。ウルトラマンの胸にある赤いランプが点滅するような感じで、睡魔が襲ってくるのに、全く従う気などなかった。もう少し、もうちょっとくらいなら大丈夫と高をくくり、10時には寝るはずが、11時を超えたら、もう全面降伏するしかない。倒れ込むように布団に潜り込む。

 だが、それで終わったと思ったら甘い。当然のことながら翌日はぼんやりとして、お昼ごろには早くも眠くなり、仕事に支障をきたしかねない。このように、夜更かしした代償は重すぎる、なのに、それを知りながらも、無駄な抵抗をして、時間を無駄にしてきた。誰にとっても、一日は24時間と決まっていて、格差など存在しないが、その使い方によってはその中身は雲泥の差が生じてしまう。古代の人のように朝太陽が上ったら、起きて活動し、太陽が沈んだら寝る、という、そんなシンプルでわかりやすいが、でもある意味自然の摂理に従っている生き方はできそうにもない。

 それでも、身体は正直で、例えば、睡眠不足の時などは、昼間突然睡魔に襲われるという症状でもって、どう考えても異常だとのサインを送ってくれる。では、なぜ眠いのに、すぐに布団に入ろうとしないのか、それはズバリ、一日が終わるのがどうしようもなく切なくて、もったいないからに決まっている。もし今寝てしまえば、それでその日はお終いで、また明日が来るからだ。”今日をこのまま終わらせたくない”のだ。その日が終わる最後の一分一秒までも起きていたい、と願ってやまないからなのだが、そもそもその原因はその日に満足していないからだ。そのフラストレーションが頭の中を駆け巡って、自分でも制御不能に陥る。

 冷静に考えてみると、ない物ねだりで、限られた時間を納得のいくように使い切れていないからこんなことになるのだ。では、昼間のパフォーマンスを上げるにはどうしたらいいのだろうか。言うまでもなく、睡眠の質を上げることだが、それが難しくても、たっぷり眠ることを心がけるべきだ。要するに、一日のスケジュールを睡眠優先にすることで、いや、と言うよりも、身体の持つ自然な摂理に従うだけでいいのだ。こんな簡単なことが今までどうしてわからなかったのか、我ながら愚かだ。夜、風呂に入ってぼうっと寛いでいると、気持ちがよくなって少しまどろむ。そこで寝てしまえばいいのだが、あれやこれやとしたい欲深な私はまだ寝ることは考えてはいない。そうしているうちに次の睡魔の波が襲ってくる。今度は到底抗えないようなレベルの睡魔で、そこでようやく白旗を上げざるを得ない。いつも寝ようか、あるいはもっと頑張ろうか?というような不条理は葛藤に苛まれてきた。

 でも、最近私はようやく目が覚めた、今までの自分の行動は無駄な抵抗で時間の無駄なのだと。以前、外山滋比古さんの『思考の整理学』を読んで、眠いのにそれに抗って勉強することがいかに馬鹿げているかに気付かされた。でもその教訓を実行に移すことはしなかったのだが、大谷翔平の『昼間のパフォーマンスを上げるために眠る』というポリシーに目から鱗になった。実に理にかなっている。ネットで、記者の「もし、あと1時間あったら、何をしますか?」と言う質問に「寝ます。その方がパフォーマンスが上がるので」と即答していたのを読んで仰天した。そんな考え方あったんだと、それこそ青天の霹靂ともいえる衝撃的な答えだった。

 そんなわけで、私を整えてくれる習慣の第一位は睡眠で、そのために身体が「もう今日は終わりですよ」というサインを出したら、四の五の言わず、素直に従うことにしている。第二位は早朝散歩で、散歩は朝に限る。なぜなら、朝の空気は新鮮で新しい一日の始まりにふさわしく、身体にも心にも効くからだ。昼間のざわついた町とは一線を画していて、早朝限定のギフトのようなものだ。それから新しく加わった習慣がラジオ体操で、第三位にあげて置こう。始めたきっかけは右足の不調で、思えば、以前にも左肩がひどく痛んだことがあった。その時は幸運にも1週間程度で治ったが、普段使わない筋肉も動かすようにしないと、突然の不調に慌てふためくことになる。それで、誰でもできる、YouTubeなどでもやっているので、家でひとりでもできる、ラジオ体操をすることにした。毎日ブログを書いた後、自然な流れでラジオ体操をしている。

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